2016/03/25(金)第16回「屋上のカノジョ」「廃屋のカノジョ」(オリジナル)

タイトル:「屋上のカノジョ」「廃屋のカノジョ」
サークル名:辺境屋 (HomePage)  作者:木野 陽さん
ジャンル:創作  購入イベント:COMITIA 90(2009.11.15)
傾向:ほのぼの建物ファンタジー。住人と"被"住人の物語。


 あらゆる建物の屋上や屋根に、小さな社が建つ大都会。その社には「屋敷童子」が住み家を護っているけれども、老朽化した建物はさすがに解体しないといけない。そんな屋敷童子たちと意志を通わせることができる解体コンサルタント・山田は、古くなった建物の社を廻っては彼らから解体の許可を得る役目を負っていた。それは山田の住まいである築六十年のボロアパートでも例外ではなく、屋上菜園を兼ねている屋上で屋敷童子がいるはずの社に訪れることに。そこに屋敷童子の姿は無く、途方に暮れる山田をよそに菜園の発案者でありちょっと気になる女性・日高さんと住人のおばさんたちが菜園へとやってきた。楽しく収穫をしながらも今の"住まい"が解体されることに不満を募らせるおばさん方。その会話を聞いていた日高さんも表情を曇らせ……

「座敷童子」ではなく、建物をまるごと守護している「屋敷童子」と、その建物を壊すために交渉する「解体コンサルタント」のお話。少し気弱な山田と快活な日高さんが中心となり「住んでいる人」「住まわれている人」、「壊す人」「守る人」といった相反した立場を見せつつ物語が展開していきます。もちろん他にも建物の住人がいたりするのですが、それと同じように建物に「住まわれる」屋敷童子がいて、それぞれが様々な姿を持ち、それぞれ自らの想いを持っているというのが非常に個性的。解体することに納得する住人・屋敷童子もいれば、納得できない住人・屋敷童子もいる。その狭間で「壊す」という立場でいる山田の、そして立場の垣根を越えてしまった日高さんの姿を通して、彼らの想いが綴られていきます。

 壊すための交渉は、山田にとっての「仕事」。自らの住まいを壊すことさえあまり躊躇していなかった中で直面した屋敷童子の想い、日高さんの想い、そして自らの想いにより彼は強く動揺してしまうのですが、自らの立場を熟慮した上で屋敷童子のことや日高さんの想いを理解し、その後奔走していく姿は「ただ仕事を進めるだけ」だった冒頭からの彼の成長が伺えるものでした。終盤の「新しい場所」に元住人などの人々が集まり、日高さんが山田に見せた笑顔はそんな彼らの「想い」の結実とも言えるでしょう。

 ほのぼのとした雰囲気の中でも、ひしひしと人々や童子たち想いが感じられた本作。夜のアパート前が描かれた表紙は、窓から見える灯りや住人の表情から生活が伺え暖かみのある"プロローグ"。そして、最後のページまで読み終わってからまた表紙をめくって見る扉絵は、建物のミニチュアとともに物語に関わる人々などの姿が描かれた"エピローグ"……確と定義されているわけではないのですが、そう思えるくらい本の全体が物語となっていて、全てを読み終えて初めて感じられたその構成にと思わず「やられた!」唸ってしまいました。

 なお、本作の後日譚となる「廃屋のカノジョ」という作品も制作されていまして、一本目となる表題作は2010年春に行われたコミケットスペシャルin水戸の会場とおぼしき場所が舞台となっており、かつて栄えながらも衰退した「建物」が抱く想いが、そして二本目の「鉄塔のカノジョ」はまだ東京スカイツリーが建造中の時期で、この後地上波デジタル放送などの発信機能が移転されてしまう東京タワーの悲しみと想いが描かれています。もしもこの先建物が無くなったとしても、無くならずとも衰退していったとしても、そこに人々の想いが積み重なっていたのは確かなわけで「屋上のカノジョ」から繋がる物語として暖かさが増すような作品でした。
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