2016/04/30(土)第48回「PRINCESS & PRETTY PIG」(THE IDOLM@STER)

タイトル:PRINCESS & PRETTY PIG
サークル名:ぱ。 (Homepage) 作者:ハラヤヒロさん
ジャンル:THE IDOLM@STER 購入イベント:コミックマーケット83(2012.12.31)
傾向:食いしん坊姫と黒豚の危機(?)と愛情


 ゲーム「THE IDOLM@STER」シリーズには、PSP版「SP」から加入した「我那覇響」と「四条貴音」というアイドルがいます。響は沖縄出身のひとり暮らしで、犬や猫やハムスターや蛇などといっしょに居住中。貴音は古都*1出身で、銀髪紅眼という日本人離れ*2した容姿を持っているという、ひと目見るとあまり接点が無いようにも思えますが「アイマスSP」で同時期に登場したということもあってか、もうひとりの「星井美希」とともに行動していたり、ユニットを組んだりすることが多かったりします。本作はその中から、響の動物友達・ブタ太と貴音による4コマストーリーとなっています。

 海外長期ロケに行く響が動物たちをアイドルたちにお願いしてくじ引きで預かってもらうことになり、その中で貴音は「ブタ太」という黒豚の子供を預かることになる。名残惜しそうにしている響に対して「心配は無用です。大切な非常食、預かります」と言い放ちます。そう、貴音は端麗な容姿を持ちながら大食いという両極端な属性を持っているのです……*3

 ブタ太を連れて食べ物屋に入れば、チャーシュー麺、豚丼大盛り、ポークカツ定食を連続で頼みブタ太を戦慄させ、その時のタイトルは「他意はありません」。「嘘つけ!」と思わずツッコミを入れてしまいました。それからも大量の餌を盛られて困惑するブタ太の姿や、オウムのオウ助を預かった事務員・音無小鳥が事務所に連れてきた時「アーハヤクケッコンシタイ」と言われて慌てた姿に笑ってしまったり。貴音や響だけではなく、動物たちや貴音と響が所属する「765プロダクション」の面々が活き活きとしているのも本作の活力の源とも言えるでしょう。

 もちろん食べ物ネタだけではなく、貴音とブタ太の生活にもスポットが当てられます。貴音がブタ太を振り回し、かと思ったらアイドルの貴音がライブステージで凛々しい姿を見せている背後で、トコトコとブタ太が通り過ぎていってステージがざわついたりと、お互いかなりフリーダムなご様子。やがて響が帰ってくるとブタ太も響のもとへと駆け寄るわけですが、その後ブタ太が貴音に感謝してぺこりとおじぎをする姿には、ほんわかするばかり。エピローグでの貴音の新しい出会いと再会には、重ねてほっこりさせて頂きました。

 意外な組み合わせかと思いきや、実はお似合いなふたり(一人と一匹)というのも、普段は誰かと誰かという765プロの面々同士を組み合わせることが多い中で、響の家族である動物たちと絡ませる形にしたことで新鮮な印象を受ける要因だったかと。たとえ喋れないとしても、とれるコミュニケーションはある……最後の幸せそうな貴音とブタ太と響の寝顔を見て、そんなことを思ったりしました。

*1 : アニメでは京都と推定されていますが、実際には何もかもが不明となっています。

*2 : そもそも日本人なのかどうか……

*3 : ゲーム版「SP」ではプレイヤーであるプロデューサーからラーメンを複数杯おごってもらい、「2」ではプールの出店のものをたくさん食べ、アニメ版でもラーメン二郎ならぬラーメン二十郎のドカ盛りを平らげ、深刻な話になりそうな中でも響お手製のサーターアンダギーを平らげ、そして回転寿司の流れを断ち切るほどに食べたりといったところからお察し頂けるかと。

2016/04/28(木)第47回「いっしょにゴハン食べたいッ」(オリジナル)

タイトル:「いっしょにゴハン食べたいッ 総集編第1集」
サークル名:こもれびのーと (Homepage) 作者:もみじ真魚さん
ジャンル:創作(食べ物) 購入店舗:COMIC ZIN(2013年1月)
傾向:彼氏と彼女とごはんのお話。食べたいときに食べるから楽しい。


 料理好きの彼氏・晴彦くんと、ゴハンを食べるのが大好きな彼女・晴子さん。中華も和食も甘味も、ふたりで食べればきっとおいしい。

「ラブプラス」の寧々さんといっしょに日本列島を北は北海道、南は鹿児島まで自転車で走破するという「エクストリームラブプラスどうでしょう」を実行し、現在は世界一周旅行をしている「こもれびのーと」のもみじ真魚さん。「エクストリーム~」の「"日本"総集編」で「今度はアメリカ大陸横断」と描いてあって「これまた壮大なスケール!」と驚いていたら「カップルがいっしょにごはんを食べる」という意外な二人劇の作品でさらに驚き。この時まさか「世界一周に旅立つ」ことになるとは思わず、もみじさんにはさらに驚かされるわけですが。

 さて、本作は「彼氏と彼女がごはんを食べる」というお話に尽きます。いろんなものを食べたがる晴子さんと、晴子さんに付き合って食べに行ったり料理してあげる晴彦くんの二人劇は、少人数に集中していることもあってころころ変わる表情がとても可愛らしく、そこに「料理」という彩りが加わることでさらに二人の表情が輝くので見ているだけでとても楽しいのです。

 第1話のテーマは「ラーメン」。深夜1時という時間帯にラーメンが食べたくなった晴子さんは晴彦くんを誘って食べに行こうとする。とんこつラーメンに味玉とライスをつけて、チャーシューをごはんに乗せて味玉を割って食す……想像するだけで生唾が出てきそうな妄想を広げたけれども、店に着いてみればラーメン屋さんはスープが終わって閉店したばかり。絶望した晴子さんに晴彦くんが「袋麺を買って帰るか」と言ってはみたものの、晴子さんはさらに失望。でも、晴彦くんにはインスタントラーメンをおいしくするアイデアがあった。

 夜ラーメンというのは実に禁断な食べ物。言葉だけならまだ自制は効きますが、晴子さんの浮かべる妄想はとてもリアルで、スープがかけられチャーシューがのり、味玉がパカッと割られて黄身がごはんに浸みていく様は実にリアル。そう、本作はふたりの表情だけではなく、もみじさんがオールフルカラーで描かれる「食べ物」の描写がどれも実にリアルなのです。照りといい焼き目といい、まるで香りがこっちまで漂ってくるかのよう。これについては実際見て頂いたほうが早いかもしれないので、まるごと全編がPixivにアップされている第1話を是非御覧頂ければと。



 総集編である本作に収録されているのは第1~5話で、それぞれ「ラーメン」「イチゴ」「縁日」「ウナギ」「カニ」がテーマ。どれもただ素材をいただくのではなく、イチゴならパンケーキにしてみたり、縁日なら焼きそばやたこ焼きにプラスしてビールをつけてみたりと、それぞれブラスアルファしてあるのがニクいところです。それをふたりが美味しそうに食べて、さらに愛情を深めていくというのがもう。

 時には学生時代を振り返ったり、時には桜舞うベランダという風情の中でのんびり食べたり、時にはウナギ屋さんに効能をそそのかされた晴彦くんが晴子さんに白状させられたりと、微笑ましいばかり。ただ食べるのではなく「恋人同士で食べる」というシチュエーションがさらにおいしさを増幅させてくれるのです。食べ物の描写も恋人同士の描写も力が入っているというのが実にいいですね。Pixiv上の第1話のタグに「末永く爆発しろ」「閲覧者爆発会場」と描かれていることからしてお察し頂けるかと。

 現在は第9巻まで発刊されていて、総集編未収録の6巻以降は「おにぎり」「真夏ビール&からあげ」「サンマ」「お鍋」と、これまた美味しそうな上に身近なものばかり。おにぎりなんてごはん粒だけではなく、中の具のいくら漬けや鮭、海老天といったものまで描写が細かく実にそそられます。9巻には食材を提供してくれるアパートの大家・霧乃さんも登場し、今後もさらに晴彦くんと晴子さんのごはんワールドが広がっていきそうです。



 ふたりの心を彩るのは、おいしいごはんとふたりの思い出。そのふたりを傍らから眺めつつ、ほんわかと楽しめるシリーズではないでしょうか。これからも楽しみにさせて頂きます。

2016/04/27(水)第46回「松吉伝」(オリジナル)


タイトル:「松吉伝」「松吉伝2」
サークル名:みにゃもと (Homepage) 作者:みなもと太郎
ジャンル:創作(歴史) 購入イベント:コミックマーケット77(2009.12.31)
傾向:豪快だと思っていた作者の祖父が、没後に調べてみると実は……?


 みなもと太郎氏といえば、江戸時代を通じて描いている歴史大河コミック「風雲児たち」を描いている方。近年みなもと氏は同人誌でも作品を多く発表されていて、江戸時代前後を舞台にした作品「風雲児外伝」シリーズにとどまらず、破天荒なバクチ物や戦争物などが頒布されています。その中で、以前も触れましたが「よつばの。読書会」に参加させて頂いた際に「松吉伝」が持ち込まれていて、コミカルな絵柄に興味を持ったのが本作との出会いでした。

 みなもと氏の祖父・漆原松吉氏はみなもと氏が子供の頃から半日足らずでブランコを作ってくれたり、刀から作り直した包丁でウナギを捌いてみせたりと豪快だった。手ひどい悪戯をすれば文字通り灸を据え、またマムシが襲いかかってきたときにはマムシの頭を踏みつぶして焼酎につけてみたりと、少年・みなもと太郎の記憶にその姿が強く刻まれていた。だが、年を重ねるにつれみなもと氏は松吉氏と疎遠になってしまい、88歳で大往生を遂げる。やがて、遺品の整理を始めるみなもと氏と母。その中の写真帳を開くと、歴史の教科書で見たような写真が貼ってあった。傍らの文を読んでみると「甘粕正彦君、君のこのたび起こせし事件は――」とある。母に何故この写真があるのかと聞くと、甘粕氏は松吉氏の親友だったのだと言う。驚いて問い返すと、母からは「ひざに乗って遊んでいた」「近衛連隊」「(愛新覚羅)溥傑」という言葉が次々と飛び出してくる。歴史でしか知らない名前や出来事に、みなもと氏は疑問を抱く。「漆原松吉はいったい何なんだ!」

 正直な話、もう冒頭20ページからして破天荒。何故松吉氏が豪快なのか。何故一介の人物が清朝末期の王族や甘粕事件の首謀者と目される人物との交流があったのか。惹きつけられるには、あまりにも十分すぎる掴みです。親分も子分もない一匹狼な博打打ちの家に生まれ、娯楽が無いからと勉強に興味を持ち、十歳の頃には代用教員に。栃木・矢板小学校(旧制)を卒業する頃には英語を身につけ、作新学院中学(旧制)ではドイツ語・フランス語を学ぶ……読んでいくたびに「!?」と思ってしまうようなことが多く、しかもこれがまだ序の口だというのですから。

 中でも、強烈なエピソードが日露戦争についてのこと。日露戦争間近に松吉氏は明石元二郎大佐に呼ばれて日本から姿を消し、戦争末期に近衛連隊に復帰。その間のことは娘であるみなもと氏の母に対しても「わしの諜報活動を話せば日露戦の歴史が変わる」「死ぬまで言わんと明石閣下と約束したんだ!」と頑なに話そうはしなかった。今なお日露戦での諜報活動の規模は論争の的となっているようですが、国家予算が2億円前後(当時)のうち100万円(現在での400億円前後)与えられたというのが主な説として言われていることです。しかし、その当事者だったという松吉氏にみなもと氏の父が「死んでから話すなり好きにしろ」という条件つきで語られた*1のは「国家予算の1/150? それっぽっちで何が出来る」「実際の予算は国家の数分の一だ」……これだけでも強烈だというのに、政府レベルでの欧州中のマスコミ、果てにはロシアの諜報機関をまるごと買収出来たことが最大の効果を上げたとまで書かれているのにはもう笑うしかありませんでした。

 本作は、とにかく豪快の一言に尽きます。日露戦争を経て日本統治下の朝鮮での警察署長としての生活、プロレタリア革命主義者との関わり(主義者本人談・みなもと氏の母の証言あり)、甘粕正彦を介しての愛新覚羅溥儀との対面――といったところで、元々本作を連載していた雑誌が廃刊してしまい、御母堂も高齢ということでそれ以上の詳細は霧の中になってしまったとのこと。

 もちろん、壮大なホラだともとれます。ですが、あまりにもスケールが壮大すぎて「もしかしたら本当なんじゃないか?」とも思ってしまったりするのも事実。事の真偽についてみなもと氏は随所に幾度も「母から聞いたこと」「フィクションと思って下さい」と書かれてはいますが、本当なんじゃないかと思えてしまうほどのパワーがあるのは、ひとえにみなもと氏の語り口や筆力によるものだと思います。『ほんの一介の男性が、実は日本史の裏を駆け抜けていて……』と考えるだけでも面白い。みなもと氏の語り口がさらにその想像に没入させてくれて、読んでいて痛快かつ豪快に感じるのです。

 歴史の中における「もしかしたら」を強くかきたてられる、バイタリティにあふれた作品でした。

*1 : 祖父の死後、父から母へ、そしてみなもと氏へという又聞きの又聞きのため内容の信憑性について一切みなもと氏は責任を持たないという但し書きはされています。

2016/04/26(火)第45回「im@s punch」「mobam@s chop」シリーズより(THE IDOLM@STER)


タイトル:「im@s punch2 月の裏で」「im@s punch4 月うさぎの輪舞曲」
      「mobam@s chop2 月の裏で、踊る。」
サークル名:BOTTAKURI CLUB (Homepage) 作者:楓月 誠さん
ジャンル:「THE IDOLM@STER」「THE IDOLM@STER シンデレラガールズ」
購入店舗:メロンブックス秋葉原店
傾向:戦いを終えてもなお、少女たちは高みを目指す。そして……


「THE IDOLM@STER」という作品は実に多岐にわたっており、ゲームを中心としてアニメ、コミック、そして音楽といった媒体において多くの作品を発表しています。本作はPlaystationPortable用ゲーム「THE IDOLM@STER SP」*1という、765プロダクションのアイドル3組の中からひと組を選び「アイドルアルティメイト」という最大のアイドルイベントの頂点を目指していくゲームを題材としており、その中の「ワンダリングスター」バージョンからわがままお嬢様・水瀬伊織と、ライバルである銀髪の姫・四条貴音が主人公として描かれています。

 アイドルにとっての最大最高の舞台「アイドルアルティメイト」で貴音との戦いを制した伊織は、貴音を自らの言いなりにすることを決めた。翌日765プロダクションに伊織に伴われて現れた貴音の姿は、事務員・音無小鳥と同じ制服。「伊織のマネージャーを務めることになった」という彼女に春香や小鳥といった面々は浮つくが、プロデューサーは「貴音は本当にこれでいいのか」と彼女の意志を確認する。それでも、貴音の意志は変わらない。「勝負は勝負ですから。それに――私には、もう帰る場所がないのです」と言って。納得行かないプロデューサーが叛意させようとしていたその時、部屋の外では伊織が立ち止まって二人の会話を聞いていた。

――「im@s punch2 月の裏で」より


「ワンダリングスター」、ひいては「THE IDOLM@STER SP」(以下アイマスSP)本編において、伊織と貴音のストーリーは王道的なライバル物語が最も色濃く描かれています。財閥の末娘という立場を封じ、ひたすらに自分の存在を世間に認めさせようとする伊織と、生まれながらにして背負わされた使命によって、自分の存在を世に知らしめなければいけない貴音の激突は、お互いを高め合っていくことでそれまで被っていた「外面」という仮面を取り去り、そして最高最大の舞台へと導いていく。熱血的な作品が好きな自分としてはこれ以上無く熱いストーリーで、アイマスという作品にハマった一因でした。

 あらすじの通り、本作2作は「ワンダリングスター」伊織編のアフターストーリーです。貴音は961プロダクションから放逐され、本作では伊織の手により765プロダクションにマネージャーとして移籍。一方、伊織は貴音を傍らに置きながらもアイドルとしての日々を過ごす。貴音はアイドルへの想いは封印しながらも、ゲーム本編の最終盤のように伊織に対する好意は隠そうともしません。かといって伊織はそれを邪険に扱うのではなく、照れながらもちゃんと受け止める。ゲーム本編での二人の成長がふたりの関係を良い意味で変えているのが、とても微笑ましいです。

 その関係の変化は留まることなく、貴音の心に湧き上がるアイドルとしての想いを焚きつけます。でも、今の貴音は伊織のマネージャー。その揺れ動く想いに、伊織は気付いて自ら行動に移そうとする。その行動というのがなんともわざとらしいものではありますが、貴音に対して精一杯の言葉をかけた伊織の姿はとても頼もしく、また伊織らしい精一杯の行動なんだなと感じるのです。ゲームの中で楓月さんが伊織のプロデュースをどう捉えていたかが伝わってくるかのような熱い場面でした。

 2作目「月うさぎの輪舞曲」は、貴音がアイドルに復帰してからのお話。「月の裏で」が伊織が貴音に対して向き合った物語ならば、本作は貴音が伊織に対して向き合った物語で、トップアイドルとしてひたすらに歩んでいくことで伊織が背負う重圧や罪の意識が描かれています。

 栄光に輝くアイドルがいれば、必然的に栄光の影へと身を落とすアイドルがいる。絶望して震える彼女の姿を目の当たりにした伊織は表情を曇らせるが、トップアイドルであり続けるためにはその姿から目を背けることしか出来なかった。一方、貴音は再びアイドルとしての日々を送り、以前関わったスタッフにも様変わりしたと言われるほどに柔らかい印象を与え、新たな一歩を踏み出していた。しかし、迎えに行った先で貴音は伊織が重圧に苦しむ姿を目にしてしまう……

――「im@s punch4 月うさぎの輪舞曲」より



 アイマスSPのゲーム本編ではライバル以外のCPUアイドルは文字情報とパラメーター・順位*2でしか存在しませんが、もし現実であれば負けて泣くことになるアイドルもいるわけです。その姿を目にした「負けられない」立場の伊織は重圧と罪の意識を背負い、かつて使命を背負っていた貴音がその伊織に向き合う……「月の裏で」とは反転した立場で、なおかつゲームで貴音が背負っていた「負けられない」という重圧を今度は伊織が背負うことになるとはと唸りました。立場の反転というのは両者の立場を再確認させるのに格好のシチュエーションなので、伊織によって再びアイドルになった貴音がどう向き合うかに注目していたわけですが、貴音の「本気」の表情に思わずゾクッとしてしまいました。

 楓月さんによる貴音と伊織の「本気」の対峙は、まさに本作の見所。イメージだとはわかっていながらも、輝きを取り戻した貴音の立ち振る舞いと覚悟を決めた伊織の立ち振る舞いはとても綺麗で、かつ凄絶な鋭さが伝わってきます。楓月さんが二人に対して本気で向き合った結果が、この二人の表情なのでしょうね。だからこそ、エピローグでの貴音と伊織、そして"少女"の表情が浸みるようにこちらへ伝わってくるのでしょう。

 ただいっしょにいるのではなく、向かい合って互いを知り合い、時にはぶつかり合ってでも互いを、更にはまわりまで巻き込んで高め合っていく。ひたすらにライバルとして向き合った伊織と貴音だからこそ生まれた、実に熱いストーリーでした。読み終わってから、何度も読み返してしまったほどです。

 なお、両作品が収録されていた同人誌は総集編として発行されていた「IM@S PUNCH-LINE!!」を含めて販売が完了しており、現在は楓月さんのPixivページにて全ページが公開されています。「THE IDOLM@STER」という作品を好きな方、中でも伊織と貴音のプロデューサーに読んで頂きたい作品です。




 ここでもう一作品、コミックマーケット84で頒布された「mobam@s chop2 月の裏で、踊る。」も紹介させて頂きます。本作はmobageによる携帯電話用ゲーム「THE IDOLM@STER シンデレラガールズ」を題材にし「ウサミン星」から来たという17歳*3のアイドル・安部菜々を主人公に据えて描かれています。

 小さい頃から魔法少女作品が好きで、成長しても変わらなかった少女(?)・安部菜々。オーディションには何度も落ちていながらも諦められなかったのは、ただひたすらに小さい頃の夢を抱いていたのと、テレビの中で水瀬伊織と四条貴音が演じる魔法少女作品が大好きで、自分もそうなりたかったから。やがてビールで酔った菜々は自らの世界「ウサミン星」を描き始める。様々な設定をノートに思いつくまま書き連ねていく中で、その星がある場所を「月の裏」としていた。

――「mobam@s chop2 月の裏で、踊る。」より


 自分自身、モバマスはキャラが多いこともあってコミックやCDでしか追っていないのですが、菜々の曲「メルヘンデビュー」は電波ソングで、また菜々自身もあくまで17歳であることを押し通そうとするという強烈な個性を持っているため強い印象を持っています。一見したらイロモノなアイドルにしか捉えられかねない彼女を、楓月さんは「夢を抱くアイドルの卵」として描いてるのが本作の特徴。ただ一途に夢を追い、夢に破れ、夢を掴もうとする。そのための武器は「17歳」と「ウサミン星人」。手にしたことで武器にもなれば、背負わなければいけないものもある。もうひとりのアイドルの卵・池袋晶葉の視点から菜々が掴んだものを描き、二人が向き合う……ここまで書くと伊織と貴音が向き合ったのと同じように見えますが、伊織と貴音が「トップアイドル」というステージにいたのに対して、菜々と晶葉がいるのは、まだ「始まり」の場所。まだ「憧れ」に「憧れ」ているのに過ぎません。

 菜々と晶葉の憧れはとても純粋で、とても無垢です。しかし、それを奥付からの3ページが無残に打ち砕きます。これを目にした瞬間「月の裏で」「月うさぎの輪舞曲」の物語が頭の中をぶわっと駆け巡っていきました。モバマスとアイマスをリンクさせるには、そして「月」と「ウサミン星」をリンクさせるにはこう描いてきたか、と。前者2作とは全く違うアプローチながら、根底に流れる熱さは本作でも健在でした。

 最後に楓月さんが気になることを書かれていましたが、もう待つしかないじゃないですか。本作がどういう物語になっていくかを見ていきたいと、切に願います。

*1 : 全3種発売され、それぞれ収録されているアイドルとライバルアイドルが異なっています。

*2 : アーケード版やXbox360版でのオンラインモードでは通信対戦が存在。アーケード版は2010年8月31日でオフラインへと移行しました。

*3 : 自称。

2016/04/25(月)第44回「あしたの行方」(オリジナル)

タイトル:あしたの行方
サークル名:Eight Million (Homepage) 作者:HIDEさん
ジャンル:創作(コメディ) 購入イベント:コミティアin東京88(2009.5.5)
傾向:繰り返されてしまう夏休み前々日。でも、それはひとりだけじゃなかった。


 目を覚ました直人がカレンダーを見てみると、何故か今日は7月15日。昨日「もうすぐ夏休みの北海道旅行に行ける! カニ食べ放題に行ける!」とワクワクしながらマジックで15日に×をつけたのに、書いたはずの×は無かった。おかしいと思いながらもいつものように学校で友人やクラスメイトであるお嬢と過ごしたけど、眠って目が覚めたらまた15日につけたはずの×は無く、再び全く同じことが繰り返される。夢にしてはさすがにおかしいと思いながら同じ日を繰り返していた直人だったが、たった一つの些細な違いを見出す。前回の15日にお嬢のスカートめくりをしたとき、白だったはずのパンツが黒に変わっていたから。

 同じ日を繰り返す物語だと群像劇アニメ「うる星やつら2 ビューティフルドリーマー」が思い起こされますが、本作は群像劇ではなく「直人」と「お嬢」という二人に視点が絞られています。直人は夏休みから始まる北海道旅行のカニ食べ放題を楽しみにしているという、ごくごく普通でちょっぴりイタズラ好きな一般家庭の男の子。対して金髪(地毛)なお嬢は高飛車で、その呼び名のとおりお嬢様という対称的なふたり。いつもじゃれ合いのように突っかかったりあしらったり、先ほどスカートめくりをしたりされたりと微笑ましい関係が、同じ日を繰り返すことでさらにクローズアップされていきます。

 その繰り返しを、とても深刻に受け止める直人。でもその理由というのが「カニはいつ食えるの!?」という一点にあるということに「そっちかい!」と思わず突っ込んでしまいました。そう、あくまでも本作はコメディで、この後お嬢を巻き込んでの繰り返しからの脱出についても「高い場所から飛ぶ」というアニメ版「時をかける少女」のパロディをお嬢の財力で行ってみたり、次々と無茶なことをやらかしてはふたりしてボロボロになったりと笑わせてくれます。それが、ふたりの真剣な行動からくるというのも尚更。そんな最中に生まれたお嬢の直人に対する心境の変化も、破天荒ながらもとても真剣に受け止められるのです。

 直人もお嬢も、ふたりとも必死。だけど、お嬢の必死な想いが「もっと直人と一緒にいたい」という逆の想いへと移り、それでは出られないとわかっていながらも、これまでの直人とのやりとりからわかってしまうだけに微笑ましく思えてしまうのです。そんな想いなどまったくお構いなしの直人の天然な行動には突っ込まざるをえないものの、かえってそれがお嬢の想いを増幅させ、そして自然な形で成就ざせてしまうという……いやはや、頬の緩みと「おいおい」という突っ込みが止まりません。だからといって決して直人が鈍いというわけではなく、この出来事の原因についてもコドモな直人なりにちゃんと向き合おうとしているのも面白い。まだコドモな直人と、コイゴコロが芽生え始めたお嬢だからこその物語なのでしょう。全てが終わったあとも相変わらずなところもあったり、また一歩踏み出したところもあったりして、これからを感じさせてくれるとても楽しい結末でした。

 本編ではあくまでも「直人とお嬢の物語」に焦点を当てていますが、おまけではクラスメイトの中にはお嬢のライバルがいたり、直人がお嬢もライバルの女の子のことも全然わかっていなかったりとこれまたお嬢は苦労しそうな様子。最初から最後まで笑えた中で、ただ笑えるだけではなく微笑ましかったりツッコミたくなったりとポジティブ方向での緩急が印象深い一作です。

2016/04/24(日)第43回「LAST HOME」(オリジナル)


タイトル:「LAST HOME 1~4」「プラネタリウム」
サークル名:spica 作者:れんさん
ジャンル: 購入イベント:コミティアin東京(2009.5.5~2010.8.29)
傾向:かつて、人ではなかった人々の物語。


 放課後、ボーッと外を眺めていたユキは付き合っていた女の子との約束をすっぽかしてしまい、愛想を尽かされる。それでもバイクが好きでバイトもして、高校に通って日々を送るユキ。それとは別の場所で、黒いワンピースを着た少女が裸足のまま雨の中に佇んでいた。視線の先には、鯨幕で囲まれた建物と涙に暮れる人々。通りがかった女性は少女の姿を見て保護し、小さな病院へと連れて行く。老医師は女性から「私の時と同じ」と聞き、また老医師も「ワシらと同じ状況の可能性がある」と言う。少女が二人に介抱されている最中、その病院にユキが帰ってきた。そんな彼らには「かつては猫だった」というひとつの共通点があった。

 コミティアで本作を見かけた際、まず最初に表紙の色彩に惹かれました。今にも日が暮れそうな夕焼けの中で、空を見上げる少女・リン。裏表紙には少し離れつつも彼女を優しく見守るユキの姿が描かれていて、どんな物語なんだろうという興味が湧いたものです。

 猫というのは人なつっこいのもいて、外に出ても帰ってきたりします。そして、家にいる人達に寄り添ったり、時には話しかけるように鳴いたりもする。そんな猫たちが、いったいどんな想いを抱いているのか。不本意ながらも人の姿になった元黒猫のリンは、その想いを伝えたくて手紙を書くのですが、人になったからといって既に亡くなっていたおじいさんに届ける術はなく、人がいなくなった家には非情な現実も訪れて……それでも、ユキを始めとした「かつては猫だった」人々が、まだ無垢なリンを支えようとします。

 だけど、ユキもまだまだ高校生。リンを支えたり彼女の想いに直面することで、自分の心のざわめきに翻弄されたりすることもあります。猫から人間になれたことで、リンは抱いていたたくさんの想いをユキに吐露するけれども、受け止めきれなくてすれ違い、ふたりの距離が近づいたり、離れたりしていくのにはもどかしさすら覚えました。その過程でリンの「ある願い」も成就したものの、ユキが望んでいなかった残酷な形での成就という結果が切なかったです。

 それでも、ユキとリンには「家族」がいる。ユキやリンよりも長い年月人間であり、猫であった彼らの支えによって、ユキはかつて自分が人間になった理由を振り返ります。そこにあったのは、ただ純粋な「助けたい」という想い。今も変わらないその想いがリンを突き動かして、今度はユキ自らがリンからの想いと彼女に対する想いに向き合おうとする姿は、とても力強いものでした。どういった答えをユキとリンが得たのか、詳しくは伏せさせて頂きますが、ふたりがともに歩く姿からは最初に第1巻の表紙を見たときと同じ優しさを感じました。

 本編後の物語として「プラネタリウム」という小冊子があり、こちらは本編後にユキとリンがプラネタリウムに行くというほのぼのとしたお話。こちらの本には細工がしてあって、ユキがバイト先の店長からプラネタリウムの招待券をもらうというシーンがあるのですが、なんとそのページに実際に印刷されたプラネタリウムのチケットが同封されているのです。

最初読んだときは驚きましたが、遊び心があるのもいいなと笑ってしまいました。こういうサプライズギミックはとても好きなのです。*1

 人間になれたからっていいことばかりじゃない。言葉が伝えられる分、傷つけてしまうことだってある。それでも、いっしょにいたい。人がいっしょにいることの難しさと素晴らしさが描かれた物語でした。

*1 : かつて創作のオンリーイベントで、本の開き方面が表紙・裏表紙にいる男の子と女の子の指から延びている赤い毛糸で結んで閉じられていて、恋愛が成就した話を読み終えた後に最後に読んだ人が赤い毛糸を結んで物語が完結する、というギミック付きの本があったのですが、その時金欠で購入出来なかったのを今でも悔やんでいます……orz

2016/04/23(土)第42回「長門有希の喪失」(涼宮ハルヒの憂鬱)


タイトル:長門有希の喪失
サークル名:From dusk till dawn (Homepage)
作者:東出祐一郎さん(本文)・ニリツさん(挿絵)
ジャンル:涼宮ハルヒの憂鬱 購入店舗:コミック虎の穴
傾向:長門、朝比奈さん、古泉、それぞれとの別れ。


 2006年にアニメ化され、一世を風靡して今なお続刊中のライトノベル「涼宮ハルヒの憂鬱」。当時は2chのVIP板や各種ホームページ・ブログなどで二次創作小説が爆発的に発表され、様々なカップリングの恋愛モノやラブコメ、考察や果てには本編分岐で作者なりの終着点を描くなど多くの物語を読むことが出来ました。その場の中に「PINKちゃんねる」という掲示板群の「エロパロ板」というのがありまして、読んで字の如くいろんな作品のR-18な作品が多く投稿される場になっています。ところが「涼宮ハルヒの憂鬱」のスレッドについては非R-18の作品も多く投稿され、読み応えのある作品を読むことが出来ました。そこに投稿されていたのが、今回御紹介する「長門有希の喪失」、そして同時収録されている「朝比奈みくるの最後の挨拶」「古泉一樹の親友」です。

 ハルヒと交際を始めて3年。キョンはふと、長門有希という少女のことを綺麗さっぱり忘れていたことに気付く。彼女に抱いていた愛しさは、長門自身によって忘れさせられていた。気付いたきっかけは、ハルヒとのピロートーク。長門の話題が出ても曖昧にしか思い出せずにいたのに「有希にキョンがとられるかと思った」と言われたことにより、少しずつ、少しずつ思い出していくようになる。長門に対して愛おしさを抱いたきっかけを。SOS団の中で彼女と過ごした日々を。そして、キョンは行方も知らない長門有希のことを探し始めた。

――「長門有希の喪失」より


 長門有希という少女は生い立ちからして特殊なものでして、有り体に言ってしまえば宇宙人に作られた人工生命体です。最初は感情も希薄でコミュニケーションもとりにくかったのが、キョンたちとの交流によって少しずつ変わっていき、キョンへの感情をきっかけにエラーを発したことで似ているようで違う世界へとキョンを飛ばしてしまうほどにまで心が変化していく。彼女の変化は「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズの見所のひとつにまでなっていると思います。でも、あくまでもSOS団の中心ハルヒ。もしもハルヒとキョンが結ばれたら、ハルヒを監視するという使命を帯びた有希はどうなってしまうのか。

 本作では彼女がとった選択が描かれていますが、キョンへの想いを抱きながらも使命とハルヒとの間で揺れ動く様は、もどかしさすら感じさせます。でも、世界が壊れてしまう可能性があるのならば、そうせざるを得ないと納得させられるのも事実。キョンがその選択に対して疑問をぶつけてしまうのも、仕方ないことだとは思います。心が芽生えた有希が全てを押し隠した上で最後の望みを賭けた結果がこのキョンとの再会なのであれば、悲しいことではあるけれども、止まっていた時計が動き出したということで喜ばしくも感じられます。有希がキョンに対して紡ぐひとつひとつの想いは、有希らしく静かで心に浸みていきました。

 前出のとおり、本作には同時期公開の「朝比奈みくるの最後の挨拶」「古泉一樹の親友」も加筆修正の上収録されています。前者はみくるが卒業してからのやりとりが、そして後者は卒業式後の古泉とのやりとりが描かれています。両者に、そして「喪失」とも共通しているのは「卒業」と「別れ」。それぞれ様々な意味合いを持っていて、それぞれ未来人の使命を持つみくると、超能力者としての力を失った古泉が「その時」を迎えてどう言葉を紡ぐのか。三作共通して寂しい雰囲気を纏っていますが、その中で垣間見えるキョンと彼らの絆の強さが、そして3作全てに出てくるハルヒの存在と言葉が、寂しさだけではなくそれまで築いてきた「SOS団」というものの大切さを感じさせてくれました。

 他にも短編として、鶴屋さんとのミニデートを描いた「灰の雪」と、SOS団+キョンの同級生&鶴屋さんが再びコンピューター研が作ったゲームに挑戦する「涼宮ハルヒの統一」も収録。ニリツさんによる各作品の挿絵も実に場面に相まっていて、ラブロマンスあり、青春あり、そしてぶつかり合いありと実に読み応えがある一冊です。

 なお、現在も「長門有希の喪失」「朝比奈みくるの最後の挨拶」「古泉一樹の親友」に関しては原版が公開されていますので、気軽に読むことが出来ます。まだ原作本編は連載中ですが"もしも彼女ら、彼らが卒業したら"という世界を見てみたい方は一読をおすすめします。

From dusk till dawn of the dead:◆「涼宮ハルヒ」SS - livedoor Blog(ブログ)

2016/04/21(木)第41回「-PRIMURA-」(オリジナル)

タイトル:-PRIMURA-
サークル名:ゆきあ屋 (Homepage) 作者:あやめぐむさん
ジャンル:創作(SF) 購入イベント:コミティア89(2009.8.23)
傾向:古代遺跡に残されていた記憶媒体に残る、少女の映像。


 辺境の地・ヴァーリアで三千年前の高度都市「アグロネマンサ」の遺跡が発見され、発掘が開始してから半年。研究者・レギは最深部にまで辿り着いたが、固い扉に行く手を阻まれてしまう。仕方なくその一角にあった研究施設跡で調査をしていると、壁から一枚のディスクを発見する。レギがコンテンツを見ようとしたところ、17099ものファイルが記録されていた。戸惑いながらも手がかりのために再生しようとすると、モニターから一人の赤ん坊――「プリムラ」の映像が流れ始めた。

 何故高度に発展し繁栄していた都市が滅んでしまったのか。そして、何故少女の記録が残っていたのか。最初は研究のためにただ映像を見ていたはずが、都市のあらましとともに彼女の姿に惹かれていく姿はまるで親馬鹿のようで、さらには立体映像で少女・プリムラの姿を再現しようとまで。同僚も呆れて「もういない」という現実を突きつけられてしまうわけですが、赤ん坊の頃から一ファイルずつ収録され、少しずつ成長していくプリムラのことを見守りたいという気持ちも伝わってきます。

 突然訪れた「終わり」と、そこから始まる長い空白。レギが追おうとしたことは決して無駄ではなく、遠い遠い時間から渡されたバトンを受けるかのように結実していきます。「全てを見る」ことに意味があり、だからこそ任せることが出来るということなのでしょう。「"父"が遺したもの」、そして「"父"が受け継いだもの」。少なからず失ったものもあり、悲しさも込められた物語ではありますが、その出来事を経た末の最後の『彼ら』の笑顔には、こちらまで笑顔になるような暖かさがありました。

「見守ること」が鍵というのが意外ではありましたが、確かに人が生きていくのには誰かに見守ってもらうことが大切だと納得出来る物語でした。

2016/04/20(水)第40回「RE-TAKE」(新世紀エヴァンゲリオン)



タイトル:RE-TAKE 全年齢版 第壱集~第参集
サークル名:スタジオKIMIGABUCHI
作者:きみまるさん
ジャンル:新世紀エヴァンゲリオン 購入ショップ:メロンブックス大宮店(2009.08)
傾向:赤いLCLの海のほとりでアスカの首を絞めたシンジは、
    気がついたらディラックの海から帰還した時まで時を遡っていた。


 二次創作の中には「逆行」という、バッドエンドなどから記憶を保持したまま過去に遡り過去を再編していくというジャンルがあります。「新世紀エヴァンゲリオン」は「Air/まごころを、君に」における結末から逆行するという二次創作が小説・漫画問わず多く存在し、本作もまたその「逆行」を題材にした作品です。

 赤い海のほとりでアスカの首を絞め、絶望の涙を流すシンジ。絶叫とともに意識は覚醒し、気付けば既に崩壊したはずのNERVの病院のベッドにいた。ディラックの海からサルベージされて間も無い時期で、シンジはシンクロテストでもアスカに負けながらも好調。だが、リツコは彼がアスカにわざと負けていること、そして目覚めた頃からレイと距離をとっていたことに気付いていた。そのシンジの脳裏には、赤い海で崩れた巨大なレイの壮絶な笑顔が焼き付いていた……

 逆行作品の多くは過去に犯したミスを取り返すかのように違う行動をとっていく作品が多いですが、本作は最初に「予知夢」という形で「終末」の記憶を保持させながら物語が進んでいきます。わずかながら好転したような世界になったと感じながらも、過去に経験した記憶だという確証を持たなかったことによって、逆にさらなるすれ違いや悲劇を生んでしまう。さらには目の前に「かつて犯した罪」が自らにしか見えない形で現れ、シンジはだんだん追い込まれて心が再び壊れていくのです。

 かつて掴めなかった幸せが今目の前にあれば、人は貪欲にそれを求めようとします。でも、掴めたからといって過去に犯した罪がゼロになるわけではない。掴んだことで、幸せが不幸せに反転する可能性だってある。それがたとえ『自分がかつていた未来』の出来事だとしても。それでも抗おうと何度も立ち上がるシンジと、何も知らなくとも、そして知っていたとしても各時期様々な形でシンジに接するアスカの絆には、弱さを孕みながらもとても懸命で惹きつけられるのです。幾度幾度もリフレインし、様々な形に分岐された世界の果てに辿り着いたアスカの言葉は、まさに誓いそのもの。そしてそれを受けたシンジも自ら歩き始めたことで、ふたりの「これから」を感じさせてくれました。

「断絶」していた物語の結末から更なるふたりの成長物語を産み出し、大きく展開させながらもゆっくりと、静かに帰結させていく。読後には思わず息をつき、再び最初から読み返したくなるほどでした。残念ながらきみまるさんは活動を停止されてしまいましたが、またいつか、何らかの形で新しいきみまるさんの物語を読むことが出来たらと思います。

2016/04/18(月)第39回「ある日の風景」(THE IDOLM@STER)

タイトル:ある日の風景 - allegrissimo -
サークル名:混沌レディースタジオ 作者:DITさん&てぃーさん
ジャンル:THE IDOLM@STER  購入店:まんだらけ秋葉原店(2009.10)
傾向:人気番組に出演するやよいに迫るプレッシャー


 アーケードに端を発し、Xbox360やPlayStationPortable、ニンテンドーDSといったゲーム機やドラマCD、ボーカルCD、アニメ、映画へと様々なメディア展開を見せるシリーズ「THE IDOLM@STER」。個性的な女の子たちの中から一人を選んでプロデュースしていくという本シリーズは同人においても人気を博していて、アーケードでの稼働から5年を迎える現在も活気あるジャンルの一つとなっています。本作はヒロインの一人である元気少女・高槻やよいを主役に据え、某お昼の長寿テレビ番組をモチーフにした「則田和義アワー 笑っていいかも!」に出演することになった彼女を取り巻く思惑や顛末を描いたお話です。

 番組出演前日「お友達紹介」の電話を待っているやよいと、それを見守るプロデューサーと春香・小鳥。緊張でテンパっていたやよいだが、元気に受け答えした後は本当に出演するんだという高揚感に包まれていた。そのきっかけはやよいが前座としてコンサートに出演した元アイドルの歌手・横山紀久美との出会いで、やよいの素質を目にした紀久美は2ヶ月後に出演が決まり、Bランク以上の芸能人が出演することが暗黙の了解となっていた「いいかも」にやよいを呼ぼうと、社長ではなくプロデューサーに直接持ちかけてきた。それが意味するところをよく理解しているプロデューサーは慎重に事を進め、逆に765プロに所属するアイドルたちは祝福し、特に仲の良い伊織は我が事のように喜んでいた。だが番組出演前日、事務所に帰ってきた伊織はドア越しにプロデューサーと社長の言葉を耳にしてしまう。それはプロデューサーの独断を責める、社長の厳しい言葉だった……

 原作でのテレビ出演といえば、目標の一つである「音楽番組」なのですが、現実においてはバラエティ番組の出演もアイドルのお仕事の一つ。原作と現実をミックスさせてキャラの魅力をさらに引き出したお話となっていて、一番の元気印である彼女をバラエティに抜擢したというのは納得させられる選択でありました。プロデューサーやオリジナルキャラであるアイドルの先輩・紀久美や高木社長、伊織たちの思惑に翻弄されてプレッシャーに押しつぶされそうになってしまいながらも、最後は「プロデューサーとの絆」を信じていつも通りの彼女を取り戻し、彼女らしく番組に参加していく姿に思わず笑みがこぼれました。きっかけが彼女とのゲーム中での代表格であるとあるコミュニケーションというのも粋だったと思います。

 お話の最終的な舞台である「某有名昼帯番組」の描写もとても克明であり、司会者であるノリさん(=タ●さん)とやよいのやりとりが鮮明に思い浮かぶほど。本作ではそのさわりと舞台裏しか描かれていませんが、以前「よつばの。読書会5」で拝見した別冊「則田和義アワー 笑っていいかも! 増刊号」ではそのテレフォンショッキング(らしきコーナー)の模様が丸々収録されていて、やよいとハイタッチしたり頭を撫でられたりしてやよいのパワーにどんどん呑まれていくノリさんの姿がとても微笑ましかったです。




 以上までが2010年3月に書いたものですが、その後本作「allegrissimo」と、如月千早編である「a mezza voce」、描き下ろしの秋月律子編「overture(初演)」が収録された「総集編 Vol.1」、星井美希編「before relations」「modulation relations」「after relations」が収録された「総集編 Vol.2」が発行されました。

「relations」シリーズはXbox360版「THE IDOLM@STER」美希編を元にしたお話。どうして実力を秘めている美希が本気を出さずにマイペースでいるのか、そしてそれが招いてしまった過去の悲劇が描かれていて、混沌レディースタジオのお二人なりに解釈された「美希シナリオ」が展開されています。

 "あの出来事"から美希のプロデュース代理をすることになった律子の苦悩や、ある2人の登場によって目まぐるしく変わっていく美希のまわりの環境が描かれ、悲しみ続けることを許されず、それでも少しずつ、少しずつ歩いて成長していく美希の姿に惹かれていきます。美希のそばに寄りそう姉の菜緒、プロデューサー不在からそばで支える律子、いっしょにトップを目指そうと手を繋いだプロデューサー、同僚アイドルの春香とあずさ、レッスントレーナー、作曲者……多くの人々に支えられ、時にはぶつかり合いながら出会った楽曲「relations」を、美希はいったいどう歌い、演じるのか。公式イラストやゲーム中でも存在する美希の特徴的な衣装の解釈も本作で成されていて、その意外な解釈にはただただ驚きました。「これまで」を描きつつ、そして「これから」を感じさせてくれるシリーズでした。

 残念ながら混沌レディースタジオさんは解散してしまいましたが、アイドルマスターの印象深い同人誌を描かれたお二人でした。また「ある日の風景」はあずささん編として「隣に…」が「ねこまた屋」のねこまたなおみさんの作画によって2013年8月に発行されており、今回が前編ということでまた新たなシリーズが展開されていくようなので、改めて楽しみにさせていただきたいと思います。
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