2016/03/19(土)第10回「REGULAR CONCERT」(エッセイ漫画・吹奏楽)
タイトル:THE 1ST&2ND REGULAR CONCERT ~ THE 6TH REGULAR CONCERT
サークル名:水を得たキャベツ (Homepage) 作者:真田ぽーりんさん&そめいよしのさん
ジャンル:音楽(吹奏楽) 購入イベント:コミックマーケット51(1996.12.29)~
傾向:吹奏楽部での実話集
吹奏楽部は楽な文化部と思われがちですが、実はそうでもない部活だったりします。春は楽器に馴染まなければいけなかったり、夏は高校野球の応援やコンクールがあったり、秋は文化祭やアンサンブルコンテスト予選があったり、冬は寒い中冷たい楽器に触れつつ練習しなければいけなかったり……学校や団体によって活動はそれぞれですが、そんな吹奏楽部での日々が描かれたのがこの「REGULAR CONCERT」*1シリーズ。トロンボーン奏者だった真田ぽーりんさんと、打楽器奏者だったそめいよしのさんのお二人による回想記となっています。
「腹式呼吸を覚えなかったら肺に穴が開く」「打楽器を叩いてると腕がたくましくなる」など、吹奏楽経験者にとって思わず何度も頷いてしまうネタが満載。「1ST」では入部直後、「2ND」では野球応援、「3RD」では合宿、「4TH」では定期演奏会、「5TH」では演奏会後、「6TH」ではアンコールとして四方山話が収録されていて、それぞれ「運動部と言ってもいいような文化部」っぷりが描かれています。中でも笑ってしまったのは「野球応援で『スカイ・ハイ』*2を吹くとバカスカ打たれる」というジンクス……いや、これって本当によくあるんですよ。その上、真夏の日差しの中に晒される部員たち。そしてお盆ぐらいしか休みの無い名ばかりの夏休み……そんなこんなで、文化的な活動をしてるはずなのにとっても運動部チックな吹奏楽部の日々が展開されていきます。
真田さんやそめいさんだけでなく、鬼部長(と思いきや途中で……)や天使のような先輩(ソロなのにスポットライトが当たらない……)、仙人のような先輩(灼熱の球場でテューバ*3を抱えても平然としてる)といった個性豊かな部員たちも盛りだくさん。中でも少年院での演奏体験談では講師兼指揮者の先生は……ま、まあ、なんといいますか、熱いですね! と言わせていただきましょうか(実は読んだ瞬間、思わずコマの中の部員たちと同じように凍り付きかけた)。
楽器や演奏時に関する解説なども織り込まれているので、吹奏楽経験が無い方でも楽しむことができ、吹奏楽経験のある人はさらに楽しむことが出来るシリーズです。
2016/03/18(金)第9回「文章系同人誌のための同人誌制作技術」(解説)
タイトル:文章系同人誌のための同人誌制作技術 基本技術篇・DTP&データ入稿篇
サークル名:懐旧的映像資料室 作者:福井県人さん
ジャンル:評論・解説 購入イベント:コミックマーケット75(2008.12.30) 同76(2009.8.16)
傾向:小説・文章系のためのデジタル制作解説本
自分は主に文章系の同人誌を制作していて、主にWordシリーズを使用して入稿・出力していたのですが、レイアウトのソフトウェア的な制約上どうしても納得行かずに試行錯誤を繰り返して時間を食ってしまうことが多くありました。「Adobe Indesign」などの専門的なソフトは確かにあるものの、パーソナルユースではどうしても手を出すことが出来ない価格に我慢せざるを得なかったり……今回ご紹介するのは、そんな文章系同人誌作りの一助となる本「文章系同人誌のための同人誌制作技術」シリーズ」です。
本作は、レイアウトや印刷方法などの基本知識やハイエンド用からパーソナルユース用まで取りそろえられたDTPソフト・非DTP用ソフトでのDTP制作方法の紹介や解説、デジタル入稿の際に必要となる作業の解説など、文章系同人誌を制作する際に参考になる記事で構成。スクリーンショットや図面による解説も非常に多く、大変わかりやすい作りになっています。
「基本技術篇」では主に作品のレイアウトや構成のことが中心となっており、判型によるレイアウト・構成の仕方や文章系同人誌によく使われるフォントの違い、またそれによる字間・行間なども詳しい凡例が掲載されていて、実にわかりやすい作りになっています。小説系同人誌だけでなく、評論系同人誌やガイドブックなどにも使えるような要素が十分に盛り込まれている良き参考書ではないでしようか。
「DTP&データ入稿篇」では「Adobe Indesign」「Microsoft Word」「一太郎」「パーソナル編集長」といったDTP用・非DTP用ソフトによる制作方法が主となっており、文章系同人誌を制作する際のそれぞれのソフトの特徴や長所・欠点が提示された上で、同じ様な構成をそれぞれのソフトでどういった形で制作すればいいのかという方法が記載されています。後半は入稿におけるPDFファイルの制作方法や無料PDFファイル作成ソフトの欠点やその事例、補完方法などもあったりとデジタル入稿の際には一助になりそう。また、2009年夏版からは「OpenOffice.org」にも触れられていたりPDFファイルの面などでも様々な補記・改訂がなされています。
実際、2008年の冬コミで本作を読んだ後に今まで全く知らなかった「パーソナル編集長7」(後に乗り換えキャンペーンにより「8」へ移行)を購入して同人誌制作用に利用してみたのですが、これが実に使いやすく現在も愛用しております。
文章系同人誌の参考書というのは種類があまり多くなかったのですが、本作はレイアウトの参考の他にソフト選択の面でも、また既存のソフトを利用する面でも参考になるシリーズかと思われます。なお、本誌は2013年現在もソフトのバージョンアップや年次に合わせて増補改訂されておりますので、逐次新しい情報が掲載されたものが購入できるかと思います。
2016/03/17(木)第8回「星の子観測所」(オリジナル)
タイトル:星の子観測所 (1~2)
サークル名:星の子観測所 (Homepage) 作者:小楠ゆたさん
ジャンル:創作 購入イベント:コミティア in 東京87(2009.2.15)
傾向:空から降ってきた少女が、家族の一員になっていく。
突然の豪雨とともに「星の子観測所」の屋上に降ってきた少女。全ての記憶が無いまま目覚めた彼女は観測所で生活している姉弟・てんとれんにより迎え入れられ、ともに生活を始めることに。ほのぼのとした二人のペースに馴染みながらも、時折思い出したように少女は自らが観測所に来たときのことを二人に聞こうとするが、てんとれんは状況を説明することが出来ないままだった。そんなある春の日、雨が降りそうになるのを嫌った少女がふざけ半分で「雨よー! ふるなぁー!」と両手を天にかざすと、覆っていた雲が嘘のように晴れ渡ってしまい、逆に雨を振るように願うと突然雨が降るように……少女はその能力に戸惑い、自らについてさらに疑問を深めるのだった。
異界来訪もの……別名「落ちもの」は「うる星やつら」などの恋愛作品においてオーソドックスな手法ですが、恋愛方面ではなく家族生活方面に向けたのが本作「星の子観測所」。空(宇宙)から降ってきた「星の子」の少女・るながてんとれんの妹となり、自分の生い立ちをたどろうとしつつ楽しく生活していく様子が描かれた作品です。
自分の生い立ちを知りたいるなに、一緒に考え合って向き合おうとするてんとるな。それはるなが持つ能力――天候を操る能力を目の当たりにしても変わらず、むしろその力を活かして手がかりをつかもうとしたりと彼女のことを導き、るなもその能力を自然に受け入れていくように。年長者であり親代わりである観測所の「所長」も三人のことを遠く海外から見守り、時には手助けしてれくたりと、同じ場所で結ばれた「家族」の縁が深まり、大切なものに育っていく様子は読んでいてとても暖かく感じられました。
観測所の屋上で手を繋いではしゃいでいる1巻、巨大望遠鏡(かと思われる場所)の近くで寄り添い微笑んでいる2巻の表紙は、そんな3人の絆を表す微笑ましい構図となっています。ただ、るなの生い立ちについてもそうですが、てんやれん、所長についてもまだまだ謎が多かったり……彼女たち3人を軸に展開していくお話は、これからも広がっていきそうで実に楽しみです。
2016/03/16(水)第7回「雪のかけら」(SNOW)
サークル名:きゃんでぃ亭 (Homepage) 作者:本文・KGGさん 挿絵・SEIさん(HOLLY CRAFT(柊工房))
ジャンル:SNOW 購入ショップ:コミックとらのあな(2004年)
傾向:季節が戻った龍神村での日々を描いた小説
最初の発売予定から2年後に発売され、美少女ゲーム界において「延期ゲー」の代表作と言われてしまったゲーム「SNOW」。元々はハードな内容を売りにしていたスタジオメビウスがストーリー重視のゲームを出すということで注目されていたのですが、その延期のほうがインパクトが大きくなってしまったという結果に……しかし、お話としては"時を越えた、家族の物語"を丁寧に描いたものとなっており、ビジュアル・音楽を含めて総合的非常に良い作品として仕上がっていました。
二次創作においての「SNOW」は静かな盛り上がりに留まり、同人誌もあまり多く見かけられませんでしたが芽依子やしぐれ、桜花といったキャラが人気で様々なサイドストーリーが生まれていきました。今回ご紹介する「雪のかけら - the complete package -」はきゃんでぃ亭のKGGさんが執筆し、SEIさんが挿絵でお話を彩ったたサイドストーリー集で、季節が戻った龍神村での春・夏・秋の光景が描かれた「龍神天守閣」シリーズと、原作の過去編「Legend編」のアフターストーリーで構成されています。
「Legend編アフター」で収録されているのは、鳳仙*1が遠き時の流れの中で出会った身重な女性との話「雪花」、雪に閉ざされた龍神村の外れでしぐれが長き時を生きる決意した話「夢しぐれ」、決して叶わぬはずだった父・白桜、母・菊花、叔母・鳳仙たちとの穏やかな日々の話「空の揺りかご」の3編。「Legend編」の後ということで「別れ」や「決意」といった悲劇的、もしくは哀切な話が展開されていき、悲劇が回避されたという"if"のお話である「空の揺りかご」でも、桜花が人として生きていく中で様々な大切なことに直面していくことで、アフター編主人公の3人がそれぞれ背負うものの大きさを感じられました。
一転して「龍神天守閣」シリーズは桜花シナリオのアフターストーリーかと思いきや、彼方と澄乃の娘として桜花がいて、一緒にしぐれ・芽依子・旭が住み込んで旅館「龍神天守閣」を盛り立てていくという賑やかなお話。フツーに経営してると思いきや、春には相変わらずあんまん中毒な澄乃が「あんまんのたくあん」を始めとしたあんまんづくしを考え出したり、夏には長い冬のせいで暑さを忘れた面々が水着やアイスではしゃいだり、秋には村の運動会ではしゃぎすぎた末に澄乃の母・小夜里が腰を痛め、登場人物たちが彼女の商店の店番でひっちゃかめっちゃかになっていったりと何でもあり。四季が戻って穏やかになった龍神村ですが、彼らには楽しげで賑やかな日々が続いていきそうです。
やんちゃな桜花に旭、我が道を行く芽依子、どこか内罰的なしぐれと相変わらずな面もありながらも、澄乃は母の自覚を持ち、旭はお姉さんになることの葛藤を持ったり、しぐれが少しずつ時の流れを受け入れていったりと、四季だけではなく彼女たち自身の変化も少しずつ見られていったり。ゲーム本編であまりにも過酷な運命を背負っていた彼らを見ていただけに、様々な季節で幸せそうな姿が見られてとても嬉しかったです。SEIさんが描かれた絵も彼らの楽しそうな姿を描いていて、中でも「龍神天守閣一同」の集合写真は、そんな彼らの幸せが結実したような感慨が浮かぶ佳きイラストでした。
2016/03/15(火)第6回「創世記」(オリジナル)
サークル名:稲荷山 (Homepage) 作者:稲荷山こん太さん
ジャンル:創作 購入イベント:コミティア in 東京87(2009.2.15)
傾向:血で彩った絵での魂寄せ
美術部に所属する日ノ瀬 創。彼は新入生歓迎展のためにラフを描いていたのだが、迷い線ばかりでスケッチブックはぐちゃぐちゃ。「百年に一人の天才」と呼ばれる父を持つことでまわりからも言われてしまうものの、彼は少し気にするだけで至ってマイペース。この日も上手く描けないまま家に帰ると「母」が玄関まで出迎えてくれて、家の奥からは来客者と父・悠一の声が。「描けない」「描いてくれ」と言い争う二人は創の玄関にやってくると、来客者・八木橋が創の持っているスケッチブックを見て「君が父親のかわりに描いてくれ」と言い放つ。驚く悠一を横目に「君には母を亡くした子の気持ちがわかるはずだ」という八木橋の言葉に戸惑う創……父・悠一は、かつて自らの血で絵を描くことによって亡き人の魂を呼び寄せることを生業としていたのだった。
血の絵で魂寄せをするという、不思議な力を持つ父とその息子のお話。最初はオカルトチックなイメージがあったのですが、主人公・創は父の持つその力を理解していますし、父・悠一もその生業を捨て亡き妻――創の「母」のために自らの力を使い気ままに生活しているこということでどちらかというとライトな印象を受けました。むしろ悠一のもとに訪れる人のほうが切実で、実業家・八木橋は「息子を母親に会わせてやりたい」と生業を捨てた父だけでなく、絵が描けない創にもなりふり構わず降霊を依頼するという必死さ。かと思えばその当の息子・拓磨は「なかったことにしてくれ」と断ろうとするなど、親子を取り巻く状況のほうが混沌としている状態なのです。
自らの意を貫き、亡き妻のために全ての力を注ぐことを決めた悠一と、それを受け入れた創。対して、息子ののために亡き妻をこの世に呼び寄せたい八木橋と、それを拒絶する拓磨。二組の対照的な家族は、まるで「光」と「闇」……絵が描けないままの創に、美術部の先輩が何気なく創世記の「光と闇」を引用して導いたやりとりは巧みで、創が八木橋家の闇に光を照らそうと奮闘する様は父譲りの意志の強さ、そして創にとっての「光」である母への強い愛が感じられました。
繊細な画風が作品を彩り、フルカラーカバーの日ノ瀬一家の穏やかな姿だけではなく、カバー下にフルカラーで創の凛々しい姿が隠されているという"ダブルフルカラー"仕様で大変驚かされました。絵と物語、ともに隅々まで行き届いた作品です。
2016/03/14(月)第5回「近いこと 遠いこと」「さきのはなし」(オリジナル)
タイトル:「近いこと 遠いこと」「さきのはなし」
サークル名:下り坂道 作者:双見 酔さん
ジャンル:創作 購入イベント:コミティア in 東京88(2009.5.5)
傾向:学生同士と年の差同士の、それぞれの恋のやりとり
放課後、誰もいなくなった教室で小説を読みふけるのが楽しみな男の子・八坂。いつも一人きりなはずの彼だったが、学年が変わるとともに乃木山という女の子がともに教室にいるようになる。やがて彼女とも小説のことをきっかりに話すようになり、ともに帰るようにもなる。しかし、それは彼女にとってはあることからの"逃げ"だった。
一人きりの空間にもう一人が加わり、その一方ではいつも一緒にいたはずの場所から一人がいなくなってしまう……どちらも学生の切ない恋模様を描いた表裏一体のお話で、八坂視点の「近いこと」では乃木山がどうしてこの場にいるのか、そして乃木山視点の「遠いこと」ではどうして乃木山がその行動に至ったのかという経緯を外面と内面の両方から丁寧に描かれています。だからといって切なすぎるというわけではなく、八坂と話していくうちに少しずつ打ち解けるようになり、幕間で乃木山のお茶目な姿を見ることもできたり。
また、乃木山がどうして来るようになったのかを知った八坂の心の移り変わりも「初恋」というちょっぴり切ない記憶を想起させたり。かと思えば、彼も乃木山との日々が満更でも無いようで……といった感じに、甘かったり苦かったりといういろんな「恋模様」が味わえる作品となっています。
「さきのはなし」も恋愛がテーマの作品ですが、こちらは小説家と高校生による「進路」のお話。学生時代に誰もが通ることになるものですが、職業という確としたものでなく「想い」という意志だけでも確かに進路になるんだなと。ただ歩道橋で佇んでるのを見てるだけで「自殺願望者」と早合点する早樹と、無防備かつぽややんの修平のやりとりが見てて微笑ましいところ。こちらも「二人だけ」の独特な空間があり、じっくりと楽しむことができました。
2016/03/13(日)第4回「日だまり日記」(オリジナル)
サークル名:ひややっこ隊 (Homepage) 作者:沢音千尋さん
ジャンル:創作 購入イベント:コミティア in 東京87(2009.2.15)
傾向:少女漫画総集編
少女漫画や女性向け漫画で重要な要素として挙げられるのは「恋愛」。ラブコメにしろシリアスにしろ、恋愛がいろいろな形で絡み合っていくことで様々なストーリーが生まれていきます。今回の本は沢音千尋さんがこれまでに発刊した同人誌をまとめられたもので、4種類の恋愛模様を楽しむことができます。
収録されているのは、同じ部屋で男性と女性が時間を入れ替えて過ごしている「おひさまをさがして」と、酔っぱらって行き倒れているところを拾われ、お礼として一日の一割(2時間24分)を過ごすことを要求される「時計仕掛けの恋人たち」、ロボットの教育研修者になった少女と男性型ロボットが噛み合わないやりとりをしながらもコミュニケーションしていく「ネジ式メランコリィ」と、好きだった子と夢の学生生活を送るはずだった少女が司書によってひっかきまわされていく「放課後図書室」の全4作。前者2作は少し登場人物の年齢が高めで、後者は学生と雰囲気がそれぞれ違っていて、メリハリがついてるのが特徴です。
中でも「時計仕掛けの恋人たち」では「落とし物のお礼は拾得物の一割」という要素を活かしていて、その時間が鬱陶しく思えるものからだんだん短く感じられるものになっていくという過程が巧みでした。「どうして一割なのか」という理由付けもしっかりしているため、二人のやりとりにさらに厚みが出ています。また、各作品とも全体的に登場人物の男性・女性とともにアクティブということもあり、それぞれの人物に暖かみがあって読後感も爽やか。このときは別作品「風花」も購入させていただいたのですが、活発な女性が男性を引っ張る様がとても楽しかったです。
2016/03/12(土)第3回「腐女子の「腐」っ。」(オリジナル)
サークル名:猫丸印 (Homepage) 作者:楠見らんまさん
ジャンル:創作 購入イベント:コミックマーケット75(2008.12.30)
傾向:コメディ・腐女子上司とそれなりに知ってる部下
腐女子モノ漫画は最近の漫画でも結構流行っていますが、学園モノが多めで社会人の腐女子モノというのはあまり見かけません。今回のこちらの本はその「社会人系」のお話で、女性側が腐女子な上司であり、男性側がそれなりに知識のある部下ではあるけれども上司である「彼女」に振り回されていくというお話。
表紙からして女装させられてる主人公・太田くんとそれを見て狂喜乱舞しているヒロイン・いづきというはっちゃけよう。彼らがくっつく過程も4コマ2本分で「いづきがアニメを録り逃して、太田くんがそれを録っていた」ことからだんだん近づいていったという「らしさ」全開な展開。その上、いづきの脳内でBLな絡みを想像されるわ、メガネをかけさせられてはしゃがれるわと太田くんにとっては不憫――かと思いきや、ちゃんといづみ側からアプローチがあったりと彼氏彼女な関係もちゃんとあり。でも、未知の世界であるコミケに連れて行かれたり、執事喫茶に連れて行かれたりとでやっぱり気苦労は絶えない模様です。
いづきの腐り具合も程よく、太田くんも知っているからこその戸惑いや逆転現象もあったりと、単にギャップだけを目立たせるのでなくちょっとした恋やヲタトークの駆け引きがあるのが楽しいところ。続編である「+」や「2」「3」も発行されており、こちらでは表紙・裏表紙ネタの続編やコミケ関連のディープネタも展開されています。
2016/03/11(金)第2回「風が吹く日」(天空のエスカフローネ)
サークル名:Section V 作者:はにわさん
ジャンル:天空のエスカフローネ 購入イベント:コミックマーケット58(2000.8.11)
傾向:シリアス・最終回のその後
1996年に放送されたアニメ「天空のエスカフローネ」。コミケを始めとした同人イベントではサークル数は多いとは言えなかったものの、根強いファンの人気で様々な本が生まれていき、10年間にわたってオンリーイベントも開かれていました。主なカップリングとしては主人公でありヒロインでもあるひとみと、王子でありヒーローなパァンのもので、今回の「風が吹く日」もそのパァン×ひとみな本の一つです。
異世界・ガイアでの冒険から戻り受験生となったひとみは、定期テストの結果が悪かったり予備校をサボるなど、無気力な日々を過ごしていた。このままではいけないと思いつつも、結局は以前と変わらず神社で神頼み。パァンと出会ったこの場所で賽銭を投げ込み「どうか、私に少しだけ……」と願った瞬間「あの時」と同じようにまばゆい光に包まれ、ガイアへと飛ばされてしまう。ほんの小さな、だけど切実な願いがパァンや友となった猫人少女のメルル、そして共にガイアでふれあった人々とひとみがわずかな時をともに過ごすことになる。今度は以前とは違う、穏やかな時間の中で……
アフターストーリーとして冒険した異世界に帰還したり、かつての仲間たちと再会するというのは二次創作の王道パターンであり、実際エスカフローネの同人誌では「ガイアに戻ったひとみがパァンと結ばれる」という作品が多く存在した中で、本作では「自らがいた地球へ還る」という本編の結末に準拠した形で短いながらも綺麗にまとめているのが特徴です。少しずつ復興しているファーネリアの国で再会した仲間たちは、以前と変わらない者もいればガラッと(性別まで*1)様変わりした者もいて、本編では見られなかった女の子同士の華やかなやりとりもあったり。ガイア側の女の子たちがひとみが普段着ている高校の制服を着てみたり、逆にひとみがガイアの民族衣装を着てみたりというお遊び的なシーンもあるのが楽しいです。
もちろんパァンとひとみのシーンもありますが、好き合っている二人という雰囲気というよりも、どちらかというとお互いが自分の置かれている状況を不安に思いながら、再び会えたことで前に進んでいこうと決意する姿が中心。物語の結末も、地球へ戻ったひとみがその決意を胸に自らが置かれている「受験」という現実に向かい合うという形で締めくくられていて、本編前半で「どうか、私に少しだけ……」とぼかされた願いが明確に示されたのがとてもポジティブな印象を受けました。とはいっても「ガイアのみんなに会いたい」という直接的な願望ではなく、あくまでもささやかな想いを願った結果、みんなと再会できたというお話運びがとても絶妙。原作の雰囲気と登場人物のらしさが隅々まで感じられる、大変佳き作品でした。
2016/03/09(水)第1回「魔戦伝者」(魔神英雄伝ワタル)
サークル名:神部ん屋 作者:守部亜樹さん
ジャンル:魔神英雄伝ワタル(虎王伝説) 購入イベント:コミックシティin晴海(1993.6.13)
傾向:シリアス・虎王伝説のその後
1988年、日本テレビ系で放送され人気を博した「魔神英雄伝ワタル」。その後も続編やテレビを越えラジオにまで展開し、コミケを始めとした同人誌即売会でも多くの人が様々な同人誌を発行していました。初放送から20年を越え、さすがに往事の賑わいは過ぎたものの根強い人気を誇り、先日も21周年の記念オンリー即売会も開かれたほど。自分が同人誌にのめり込んだきっかけもこの「ワタル」で、今もなおワタルの同人誌を手にするのが即売会での楽しみとなっております。
今回取り上げる「魔戦伝者」はワタル3のラジオ放送が終わりながらも、未だ大きな賑わいを見せていた頃の作品。制作者の一人・井内秀治氏が執筆したワタル2のアフターストーリー小説「虎王伝説」及び「虎ブルドリーム」の後日談です。
時の旅人となった親友・虎王を見送ったワタルは、寂しさを覚えつつも平穏な中学生生活を過ごしていた。夏休みが終わり、二学期が始まった朝にワタルはユミや俊といった友人から「激しい落雷とともに、龍神池の水が無くなってしまった」ということを知らされる。町のシンボルであり、現生界と神部界を結ぶ場所だった龍神池の変化に不安を覚えつつ帰宅している最中、野次馬が「池の中に倒れていた少年」がいたという話をしているのを耳にしたワタルは「赤い髪」という特徴を聞いた途端にある人物のことが思い浮かび、慌てて龍神池を囲む森の中へと駆けだした。探しているうちに樹上を見上げると、そこには赤い髪を持ったかつての仲間「海火子」が腰掛けていた。本来なら再会を喜びたいワタルだったが、神部界から誰かがやってくることが凶兆の予感と知っていた彼には不安のほうが大きかった。そして、それは海火子の口から現実だと知らされることになる。
2でのライバルであり仲間だった少年・海火子を準主役に据えた物語で、本編のコミカルな雰囲気ではなく「虎王伝説」の雰囲気を継続したようなシリアスなストーリーが展開されていきます。作品のテーマは「生い立ち」。それを負っているのは海火子だけでなく、救世主としての宿命を負うワタル、悲しき"前世"を負うヒロイン・文月未知夜*1、魔界の者としての生いと神部界の生いを持つ旧敵・マーダレス*2、そして本作のオリジナルキャラ・同級生の服部真衣子と養護教諭の五十嵐友樹の二人もそれぞれに「生い立ち」の重さを負っていて、それが海火子の持つ宿命をさらに際だたせている形に。また直接的には出てこないものの、ワタルと海火子にとっての"トモダチ"であった虎王の宿命も下地になっているだけあって、彼の存在も随所で感じることが出来ます。
「生い立ち」に向かい合ったその先にあるのは、希望と絶望。自分の生い立ちに押しつぶされそうになったり、対峙したくない大事な人と向かい合い、剣を振るったその果てには様々の形の「別れ」と「出会い」が待っています。ワタルたちだけでなく、泣き虫で気弱な真衣子に、優しく彼女を見守っていた友樹もそれは同じ。クライマックスで泣き叫ぶ真衣子と、ワタルと未知夜に彼女への言付けを伝える友樹の姿はこの作品での真骨頂とも言えるでしょう。自らの宿命に打ち勝った海火子と、その宿命の元となった少年の「出会い」もまた、海火子の成長が見ることが出来る佳き場面でした。
そして、この作品の何とも巧みなところは、ワタルの主役級キャラの名字につけられた「○部」(戦"部"ワタル、剣"部"シバラク、忍"部"ヒミコといった感じ)という名を物語の伏線に持ってきたこと。それが彼らの「生い立ち」の結びつきをより強固にし、向かい合う強さを与えるような形になっていて全200ページにわたる長き物語にさらなる厚みを出しているのです。ワタル本編での海火子はというと2と4の一部のみでお役御免となってしまっていただけに、こういった形で彼の物語を読むことが出来てとても嬉しい一作でした。購入から20年経った今でも、自分にとっての宝物の一冊です。