2016/04/17(日)第38回「凍りの掌 シベリア抑留 記憶の底の青春」(オリジナル)


タイトル:「凍りの掌1 シベリア抑留 記憶の底の青春」「凍りの掌2 シベリア抑留 記憶の底の青春」「凍りの掌3 シベリア抑留 記憶の底の青春」
サークル名:おざわ渡辺 作者:おざわゆきさん ジャンル:創作(歴史)
購入イベント:コミックマーケット76(2009.8.16) 同78(2010.8.15)
傾向:おざわ氏の父が体験したシベリア抑留の回想録


 小学生の頃「おじいちゃん・おばあちゃんの戦争体験」という、その題のとおり祖父母が体験した太平洋戦争を作文にして提出する夏休みの宿題が出されました。小学3年生当時、自分はまだ存命だった祖父に戦争体験を聞くことにしたのですが、出てくるのは満州での平穏で楽しい生活のことばかり。あまり参考にはならないと思い、結局内地で疎開していた祖母の困窮生活を作文にして提出することに。どうしても祖父にそれを伝えづらく祖母に話したところ「ごめんね。おじいちゃんはシベリアに捕まっていたから」と謝られ「どうして捕まってたの?」と聞くと困ったように笑っていたのを、今でも鮮明に覚えています。

 それから2年後に祖父は他界し、祖母も9年前に他界。その間に中学生、高校生になっていくうちに「シベリア抑留」という言葉を知り、軽く調べて「ああ、祖父もその一人だったんだ」と、あまりにも過酷な状況に「だから話したくなかったのかな」と思っていました。それからさらに年月は流れ、2009年7月に開催された「よつばの。読書会5」で様々な同人誌を読んでいたところ本作に出会い、祖父も体験したというシベリア抑留の回想記ということで読ませていただくことにしました。

 おざわ氏が氏の父にシベリア抑留のことを取材しようとし、父が「思い出せんのよ……」と呟く場面から始まる物語は、父の学生時代から始まる。太平洋戦争末期になっていたその時代には仲間達が学徒出陣で出征していき、下宿先も空襲で被災してしまうという状況に。明日をも知れない日々の中で安息を求め過ごす中、帰宅した彼のもとに故郷から親がやってきて「出征だ」ということを告げられる。船と列車に揺られ辿り着いた場所は満州(当時)で、戦況の悪化により隊の仲間たちが次々と戦死していく。さらには日ソ中立条約が一方的に破棄され、ソ連軍が満州へと侵攻したことにより捕虜となったが、大きい船に乗せられ帰国できると喜んだのもつかの間、彼らが下ろされたのは未知の荒野・シベリアだった。

 シンプルにデフォルメされたおざわ氏の画風は、淡々としながらもその事柄を大事に描いていて、読んでいるこちら側に突き刺さるような鋭さがあります。爆撃により燃えさかり人が逃げまどう東京での光景に、仲間が手榴弾にやられ、頭部を損傷し戦死する場面、シベリアでの過酷な大寒波と、その最中での凄惨な強制労働。次々と力尽きていき、シベリアの大地へと埋められていく仲間達。『ソ連』という地に抑留されたことによって、仲間に起きた思想の変化……語られた事柄を一つ一つ丁寧に構成していき、コマの中へと忠実に展開されていく物語は読んでいて思わず息をのんでしまうほどで、それとともに「どうして祖父は話してくれなかったのか」という二十年前の疑問が、おざわ氏の父の「思い出せんのよ……」という言葉とこの物語により氷解していくかのような思いに至りました。

 あまりにも重く、あまりにも悲しい出来事。日本の敗戦から復興の最中に起きていたことを語り継ぐ作品として、また今では語る方が少なくなってしまった当時の回想録として注目したい作品です。なお、本作は現在補筆が施された上で一般流通されています。もし『シベリア抑留』という言葉に思うところがある方には、読んで頂きたい作品です。


2016/04/15(金)第37回「After Party」(こみっくパーティー)


タイトル:After Party
サークル名:MIX-ISM (HomePage) & さくらぢま(HomePage)
作者:犬威赤彦さん&バーニア800さん&マテバ牛乳さん(他ゲスト多数)
ジャンル:こみっくパーティー  購入イベント:サンシャインクリエイション45(2009.9.27)
傾向:パーティーはまだまだ続いていく。「こみっくパーティー」発売10周年記念本


 1999年、美少女ゲームメーカー「Leaf」に新しく出来た東京開発室が制作した「こみっくパーティー」というソフトが発売されました。それまでLeafはWindowsで「雫」「痕」「To Heart」というビジュアルノベルシリーズや「WHITE ALBUM」といったアドベンチャーゲームを発売してきましたが、本作は育成型シミュレーション+アドベンチャーゲームという形態をとっており、しかもテーマが「同人誌制作」という非常に珍しい作品でした。ヒロインも一般人やサークル側(こだわり、流行り物、創作)、印刷所、スタッフ、コスプレイヤー、アイドル声優、隠しキャラとして読者と同人誌即売会に関わる人々というラインナップで、彼女たちとのやりとりや同人に纏わる様々な出来事が織り交ぜられたシナリオが人気を博しました。*1

 それから10年経った2009年秋。ふらりと出かけた即売会で「ケースに入った同人誌」という珍しい本を見かけて手に取ってみると、そこに冠されていたのは「Let's celebrate the 10th anniversary.」の文字が。よく読んでみると電撃大王(メディアワークス・刊)で漫画版「こみパ」を描いていた犬威赤彦さんの「MIX-ISM」、そして長年こみパの同人誌を描かれてきたバーニア800さんとマテバ牛乳さんの「さくらぢま」が中心となって制作し、さらには百数十名ものこみパファンがゲストとして参加されているというとても濃密な同人誌だったのです。

 224Pという大ボリュームのこの同人誌は「こみパ10周年」をテーマにした漫画やお祝いイラストなどで構成され、キャラクターそれぞれの「10年」経過を読むことが出来たり、現在様々な現場で活躍されている方々のこみパへの思い入れなどがあふれていたりとパワフルさに溢れています。また、作りも大変凝っていて、上記の画像では瑞希・大志・和樹・詠美・由宇の姿が写されたカラー写真のようになっていますが、前出の「ケース」を外すと左のように、こみパ主人公・友人・ヒロインが朝焼けのビッグサイト前で大集合という絵柄に。*2思わずこれにはスペース前で「やられた!」と声を出してしまいそうになったほどです。

 漫画はというと「さくらぢま」のお二人が「10年後も相変わらずだけど、成長したところも見せたりしている面々」というお話で、犬威さんが「10年経って見失いかけていたものを思い出す」というお話。前者の舞台は〆切当日で、このゲーム特有の「修羅場モード」でひっちゃかめっちゃかになってる面々を描いていて、相変わらずマイペースに周りを巻き込む大志に、いざとなればとにかく突っ走る由宇。おバカだけど腕を思いっきり振るう詠美に、ゲーム時とは違い気丈に振る舞えるように成長した彩と、ヒロイン同士のやりとりも多く賑やかだという「こみパ」らしい魅力に溢れています。

 後者の作品は、本編から10年が経って「漫画への情熱」を忘れかけていた和樹が、居眠り中に妻・瑞希が起こそうと振るった釘バット*3によって1999年のこみパ会場に飛ばされてしまうというお話。10年前のこみパ会場にいたのはまさにその当時のヒロインたちで、やりとりはその当時と変わらないのですが、10年後から来た和樹にとってはそのやりとりが「原点」そのもの。目覚める直前、最後に現れた人物も和樹にとって同人誌――漫画に触れることになった「原点」。そして、プレイした側にとっても彼・彼女たちの姿は「こみパ」という作品の「原点」。読んでいるうちに、当時のことやゲーム中の出来事が鮮明に思い出されてきました。

 百数十人にも及ぶゲストの方々のこみパへの想いも強く、漫画にイラストに写真に文章とこみパへの情熱がギッシリ。熱狂冷めやらぬパーティーのごとき熱さが、この本からひしひしと感じられました。

*1 : Nifty-Serve(現・@nifty) FCGAMEX(コンピューターゲームXフォーラム)貴方が選ぶベストゲーム'99 '99ベストXゲーム部門第3位。余談として1位は「Kanon」、2位は「加奈~いもうと~」。4位は「とらいあんぐるハート2 さざなみ女子寮」でした。

*2 : さらに、カバーを外してみれば、そこには「たて」「よこ」というある種こみパに欠かせない二人の姿まであったりして。

*3 : 漫画版の独自設定です。

2016/04/14(木)第36回「60cmトライアングルライフ」(オリジナル)

タイトル:60cmトライアングルライフ
サークル名:原色果実図録(現・サボテイ) (Homepage)  作者:坂井サチさん
ジャンル:創作  購入イベント:コミティア in 東京87(2009.2.15)
傾向:身長差60cmのラブコメ4コマ


 ガタイが大きく無口な少年・宍戸と、彼の視界に入らないほどちんまりとした少女・久里浜こまり。宍戸はこまりのことを気に掛けているけれども、こまりは逆にそんな宍戸の背にコンプレックスを持っていて彼のことを宿敵と呼び反発していた。そんな差がありすぎる二人の、ちょっぴり激しくてとってもにぎやかな日々のお話。

 ページを開いてみると、いきなり1コマ目からこまりが見上げる姿が。さらに裏表紙にはちんまりとした彼女の姿と、肩から上がフレームアウトしている宍戸の姿……このとおり、とってもでっかい少年ととっても小さい少女という凸凹な二人が恋仲になっていくお話が描かれた4コママンガ。学園ラブコメというのは定番のお話ではありますが、徹底的された身長差と朴訥&やんちゃという正反対っぷりが佳きアクセントになっていてとても微笑ましいのです。

 あらすじにも書いてあるように、想いも全くの正反対。それがこまりがぶつかっていき、宍戸が(文字通り)受け止めていくことにより良い方向にも悪い方向にも作用していって「どうしてこまりが宍戸に反発するのか」「どうして宍戸がこまりのことを気にするのか」ということが少しずつ二人の中で思い出され、明らかになっていきます。こまりの友達の女の子や、こまりをさらにミニマムにした弟・てまりも彼らの仲立ちになって少しずつ正反対だった距離が近づいていくように……この過程がとてもいじらしく、二人の思いが通じ合ったシーンでは思わずこちらまで笑顔になるほど。宍戸のストレートすぎる言葉があまりにも甘いのですよ!

 その後のお話もあり、さらに進展していく彼らの姿が……とは言っても、やっぱり身長差だけは変わることはなく。それでも二人は幸せそうで、最後の最後にいつもしかめ面だったこまりがようやく見せてくれる柔らかい表情はその象徴だなと思いました。全4話と短めではありますが、その分4コマとしてよくまとまっていたお話だと思います。

2016/04/13(水)第35回「AQUAmariners」(ARIA)


タイトル:「AQUAmariners」「AQUAmariners Due」
サークル名:CO-MIX (Homepage)  作者:しのざきあきらさん
ジャンル:ARIA  購入ショップ:メロンブックス大宮店(2009.3.2)
傾向:天野こずえ作品キャラの共演


 6年以上にわたるロングランとなり、透明感のある世界観で人気を博した天野こずえさんの作品「ARIA」。同人誌なども数多く発行され、今なお活気のあるジャンルのひとつです。その中で今回ご紹介させていただく「AQUAmariners」シリーズは「ARIA」で主に描かれていた「日常」に、天野さんがかつて描かれた作品のキャラが登場してARIAの登場人物たちと交流を深めていくというとてもにぎやかなお話です。

 灯里から「ひまわり広場にあるポストに手紙を投函すると、好きな人との想いや願いが叶う」という噂を聞いた藍華。話につられて広場に行ってみると、そこには「"魔法の"」という札が下げられた怪しげなポストが。戸惑っていた藍華だったが、突然後ろから声をかけられたはずみでそのポストに手紙を投函してしまう。混乱しつつもその声のほうを振り向くと、ひまわりの花を抱えた女性が何故か藍華が投函したはずの手紙を手にしていた。

 1話目「AQUAmariners01:魔法のポスト」では、短編集第2巻「魔法の郵便屋さん」からヒロイン・綾乃*1が登場。藍華がアルに出そうとしていた手紙を届ける役目で、底抜けの明るさは原作通り。元々ARIAという作品では少し不思議な出来事が起こるということもあり、綾乃が持つ"魔法"も親和性があるなと感じたのですが、藍華のアルへの想いを手助けするという構成に「こうきたか!」と思わず膝を打つ想いでした。さらに「Due」の1話目「AQUAmariners04:いしのせいれい」では初期の代表作「浪漫倶楽部」より石の精霊・コロンが登場。こちらもARIAの原作エピソードを活かしたお話で、ただのゲストキャラでは終わらせず、きちんと彼女たちが出てくる必然性が用意されているというのが素晴らしいところ。灯里とアリア社長、そしてコロンが一緒に川の字になって寝てるシーンは微笑ましくてたまらないぐらいです。

 天野作品キャラとの共演以外にも、アリシアとグランマが灯里を見守るお話や、グランマの畑耕しを灯里とアイ、アリシアが手伝いに行くお話など、ほのぼのなお話が盛りだくさん。中でも果物屋さんのお手伝いをする灯里のお話は、アリスや原作でのゲストキャラ(「浪漫倶楽部」の火鳥と月夜の未来の姿)も交えた、彼女たちらしさいっぱいの物語でした。みずみずしい季節感があふれる表紙もとても綺麗で、しのざきさんの「ARIA」という作品への愛情をぎゅっと詰め込んだ素晴らしい作品。2013年現在も続刊しており、灯里たちだけではなくアイちゃんメインのお話なども描かれています。

*1 : アニメ版にも登場しましたが、モチーフとなった形での登場でした。

2016/04/12(火)第34回「INTO THE LEGEND」(ドラゴンクエスト1~3)


タイトル:INTO THE LEGEND (I~V)
サークル名:メルキド維震軍  作者:ソマさん
ジャンル:FCゲーム(ドラゴンクエストI~III)  購入イベント:コミックマーケット75(2008.12.29)~77(2009.12.29)
傾向:コメディ&シリアス・親から子へ継がれる伝説


 2008年11月に開催された「よつばの。読書会4th」*1に参加した際、主催の国里コクリさん(「よつばのはて。」管理人)が持ち込まれた同人誌の中にこちらの本があり、元々昔からドラゴンクエストの同人誌をよく読んでいた自分は喜びつつ手に取らせていただきました。

「親」であるこういちから「子」であるゆうじへの誕生日プレゼントとして渡されたのは、1983年に発売された「ファミリーコンピューター」と1986年に発売されたファミコンのカセット「ドラゴンクエスト」。初めてゲーム機を与えられた彼が体験するのは、冒険と成長の旅……というのが、この作品のさわりの部分。「冒険と成長の旅」というのは決して大げさではなく、実際にゆうじがゲームの中の世界に入り込み体験していく形でお話が進行していくという形で「ゲームに入れ込む」という子供の頃にありがちな行為を、そのまま「ゲーム世界に入れ込む」という「旅」に仕立ててあるのです。

 日常と現実の結びつけ方が非常に巧みで「DQ3をクリアした親から子へDQ1を渡す」というのは「DQ3の勇者がDQ1の子孫」というロトシリーズの構成とリンクしていますし、ゲームの世界にずっと入り込んでいるわけではなく、家族に呼ばれれば現実の生活に戻るという形になっていて「物語への没頭」→「現実への帰還」という、やはり子供の頃に体験したことが巧く描いてあります。

 特筆すべきは、「II」以降ゆうじがプレイすることになる「DQ3」での展開。発売当時、まさに少年少女を始めとしたゲーマーを驚愕させた「3からへの物語のリンク」が表現されたり、ショッキングであるはずの「冒険の書」*2の消滅を逆に「別れ」としてドラマチックに描いていたりと子の世代、親の世代両方にわたって意外性を込めつつも丁寧に描いてあるのが印象深かったです。

 古き想い出を喚起しつつも、新しき形で物語を魅せていく。ドラゴンクエスト発売20周年記念として制作されたこの作品は、隅々まで原作への想いが込められた素晴らしい作品でした。

*1 : 参加者各自がオススメの同人誌を持ち寄り読むというイベント。公式ページはhttp://planchette3.net/reading/

*2 : DQ3以降におけるセーブスロット。

2016/04/11(月)第33回「KANONE」(Kanon&ONE 輝く季節へ)

タイトル:KANONE
サークル名:かのね屋 (Homepage) 作者:作画・さとPONさん シナリオ・Dさん
ジャンル:Kanon & ONE - 輝く季節へ - 購入イベント:コミックマーケット63(2002.12.30)
傾向:同人誌、及びアンソロジーの総集編


 1999年6月、Keyより美少女恋愛ゲーム「Kanon」が発売。物語性の高さもあって各所で話題を呼び、直後のコミックマーケット56では島中に配置されていたKanon系サークルが軒並み混雑したことで動脈硬化状態になったほどの爆発的な人気を博しました*1。その後も「Eternal Kanon」や「Bright Season」「杜の奇跡」といったオンリーイベントの他、キャラごとのオンリーイベントまで開かれるほどのブームが巻き起こりました。

 本作は「かのね屋」のお二人が「Kanon」「ONE」で描かれた同人誌、及びアンソロジー掲載作品の総集編で、274Pという大ボリューム、かつ各ヒロインの物語を網羅した充実の作品となっております。栞シナリオ後にほのめかされたあゆの存在が描かれた「Last Wish」にあゆシナリオ後、秋子さんからあゆの目覚めのことを聞いた祐一がもう一度再会しに行く「Last Wish - Tukimiya Ayu -」、舞シナリオでの魔物との最後の戦いとそれからのことを描いた「月影の檻」に、真琴シナリオでの冬の別れと春の再会を描いた「Tinkle Bell」、そして名雪の誕生日に改めて雪うさぎを贈ることとなる「雪という名の想い」。他にも栞やあゆの短編一編ずつに「ONE」から浩平が澪のもとに戻った後、今度はちゃんと澪の演劇の出番を見送る「だいすきなひと」、さらにはギャグサイドとしてデ・●・キャラットと融合させた「か・の・キャラット&お・ね・アイスちゃん」にブラック要素を織り交ぜた4コマ「好きとか嫌いとか」と、非常に盛りだくさんな内容となっております。

 中でも目を惹くのが「Tinkle Bell」。自分も真琴本を作るなど真琴シナリオにハマッていたのもありますが、物語の終盤において(ネタバレ反転)真琴が祐一の腕の中で消えてしまう原作の場面が丁寧に描かれていたり、美汐が短いながらも愛おしかった真琴との日々を想い、二人して涙してしまうシーンがあったりと、真琴シナリオにおいてぼやかされていた解釈がしっかりと描かれているのがとても嬉しかったです。また、原作のエンディングではぼやかされていた真琴が戻ってきたかどうかという結末は明るい解釈で描かれており、祐一との結婚式を思い出した真琴がベールを握りしめて涙していた姿がとても印象深いものとなっていました。やっぱり、真琴と祐一はこうでないと……と、うんうん頷きながら思ったり。

 優しさに満ちあふれたDさんの物語に、細やかで丁寧なさとPONさんの作画が合わさり、読んでいるこちらまで思わず笑顔になってしまうような心温まる作品の数々……かと思いきや、終盤のギャグサイドにはみさき先輩と香里がぷちこ化してたり、非常にダークに見下げてくる香里がいたり、えここのコスプレをしたシュン(男)に浩平が幕ノ内コンボ*2を炸裂させたりと、緩急自在の気が抜けない構成。先ほどの笑いとはまた違った笑いがこみ上げてくる感じ。今でも本棚から取り出し、よく読みふけるお気に入りの一冊です。

*1 : 実際には7月に発売されたカタログにおいて既に多数のKanon系サークルが見られたことから、発売前である2月の時点でKanonで申し込みをしていたサークルが存在していたようです。

*2 : 「はじめの一歩」における幕ノ内一歩の必殺技の数々

2016/04/10(日)第32回「Leveler」(オリジナル)

タイトル:Leveler
サークル名:eggoil (Homepage)  作者:杉乃さん
ジャンル:創作  購入イベント:COMITIA in 東京88(2009.5.5)
傾向:シリアス・旅ファンタジー


 緑の髪を持つ歌い手の少女・エルヴェイラ。彼女の歌は人を惹きつけ、この日歌っていた酒場でも多くの人から喝采を浴びていた。その帰り、満月の夜道を歩いていると何かの目印のような青い光が。地面に浮かぶそれを辿り路地へ入ると、そこには人を襲い傷つける"蒼蟲"と、その傷ついた体を"蒼い光"で癒している男の姿があった。その面影は、遙か昔に出会った大切な人に似通ったもの……気になったエルヴェイラは、街の人の警告も聞かずに彼を追うことにした。

 歌姫・エルヴェイラと、"蒼い光"を操る男性・ハンスの旅の物語。エルヴェイラは長い旅路を歌い歩き、ハンスはその旅路を追い旅を続け、その足跡が交じり合った時、二人の物語が始まります。「ハンスとエルヴェイラの出会い」「数少ない"蒼い光"の操り手との交流」「拗れていた昔なじみとの再会」「エルヴェイラが出会った作家との話」という、過去に頒布された4冊をひとまとめにした総集編で、ほのぼのとした空気もあればシリアス、かつダークな雰囲気もありと様々な彼らの旅道中を楽しむことが出来ます。淡い色調の表紙やシャープに描かれた本文が美しく、幻想的な風合いを醸し出しているのもまた一興。

 2013年現在は本編全10巻が完結しており、プロローグや番外編が各種即売会で頒布されています。また「Leveler 1」「Leveler 2」「Leveler 3」として全3巻にまとめられた総集編が頒布されており、COMIC ZINさんにおいて委託販売されています。この辺りの詳細は、是非HPのほうを御覧頂ければと。

2016/04/09(土)第31回「one's will」(ワイルドアームズ)

タイトル:one's will
サークル名:EVER BLUE (Homepage)  作者:矢凪ゆとさん
ジャンル:WILD ARMS Altercode:F  購入イベント:コミックマーケット75(2008.12.29)
傾向:シリアス・ロディの生誕秘話イベント補完


 Playstation1のオリジナルRPGとして発売された「WILD ARMS」。ファンタジーに西部劇テイストがミックスされた世界観やストーリー、なるけみちこ氏などによる美麗な音楽や初めてプレイする者の度肝を抜いたオープニングアニメーションなどで人気を博し、現在はPlaystation2用の「5th Vanguard」までシリーズが展開されています。今回ご紹介する同人誌はその初代作品のリファイン版ともいえる「Altercode:F」から、主人公の一人であるロディの生誕に関するシーンの補完話です。

 未プレイの方のためにも大きなネタバレは致しませんが、ロディは常人とは異なる能力を持ち、中盤の重要イベントで自らが傷つくことによってその正体を仲間たちだけでなく、何も知らなかったロディ自身も思い知らされることになり、自らの精神の中に閉じこもってしまいます。その正体を見てしまった仲間の一人・セシリアは思うままの感情をこぼし、もう一人の仲間・ザックに咎められ自らの行いに気付く――といった場面からお話は始まり、セシリアのロディへの贖罪や、ザックの仲間としてのロディへの信頼、そして本編イベントの要となっていた"自らの中に閉じこもり、彷徨うロディ"という、それぞれの視点から見た"仲間たち"への想いが一つ一つ描かれています。

 セシリアは混乱して大切な仲間を遠ざけてしまったことを悔やみ、ザックはそれでも今までのロディとの日々を振り返り仲間を信じ、ロディは絶望にありながらも仲間たちの呼びかけに応えようとする……原作の特色である"仲間たちの結束の強さ"という要素をよく活かし、最終的にその原因である「異能力」をも信頼へと変えていくという展開には、原作をプレイした当時に感じていた間隙が埋まっていくかのような思いでした。

 ラフでありながら、隅々まで陰影などが行き届いた画風も原作の雰囲気を感じられるもの。プレイしてから長い月日が経ちますが、プレイした当時の記憶が思い起こされる佳き作品でした。

2016/04/08(金)第30回「Railway Walker」(交通・鉄道)

タイトル:Railway Walker 9
サークル名:放射性同位体  作者:こときあやみさん
ジャンル:交通(鉄道)  購入イベント:コミックマーケット75(2008.12.30)
傾向:鉄道廃線紀行&廃線を舞台にした漫画


 同人誌界隈における鉄道ジャンルは非常に息が長く、既存鉄道の歴史の掘り下げや解説をしている本、仮想鉄道や擬人化、果てには記念切符の販売*1なども行われていたりと実にバラエティ豊か。今回取り上げさせていただくのは「廃線」ジャンルから、紀行+漫画という二つの視点から廃線を取り上げている「Railway Walker」シリーズです。

 こときさんの廃線本10冊目となる今回は、全国各地廃線巡りとライトテイストな廃線漫画が主な内容。廃線地巡りは旧・JR大社線(島根県)、旧・名古屋鉄道揖斐線・谷汲線(岐阜県)、旧・国鉄広尾線(北海道)、旧・国鉄興浜南線(〃)、旧・国鉄興浜北線(〃)、旧・国鉄大隅線(鹿児島県)、旧・JR山野線(熊本県・鹿児島県)、旧・鹿島鉄道(茨城県)、旧・高千穂鉄道(宮崎県)、旧・国鉄白糠線(北海道)、旧・国鉄渚滑線(北海道)と全国津々浦々。廃線跡とともに廃駅跡や旧沿線の風景写真に、路線の解説やこときさんの所感などが書き添えられています。中でも高千穂鉄道は洪水被害による休止から一年後に撮影されたもので、流木が絡まる鉄橋や「すべての営業を中止しています」という張り紙の写真はとても生々しく、本文にもあるように突然終わりを迎えさせられたという無念ささえ感じられました。

 漫画のほうはというと、いつもの廃線をテーマにした重めの漫画とはまた趣を異とした「家にいながら廃線跡を体験させられてしまう」少年のお話。シリーズ各作品で廃線の精霊といった形で出てくる少女・鈴音が、今回は「ドアを開けたらそこはいろんな廃線跡」といういたずらを仕掛けます。客間のドアを開ければ線路が撤去されたホームに連れて行かれるわ、トイレを開ければ「使用停止」と封鎖されている場所へと出される始末。しかし「忘れられて、人知れず埋もれていくのは悔しいから」という鈴音の心情は前出の廃線地巡りを読んだ後だととても重いものでした。

 20年以上前に廃線した路線もあれば、つい1年前(発行当時)に廃線した路線もあり、放置され荒れてしまっている場所もあれば、大切に保存されて時をとどめている場所もあるという風に、廃線をめぐる様々な光景や想いを読むことができるこの一冊。2013年現在も続刊しており、様々な地方の廃線を舞台に現状や物語が描かれています。

*1 : しかも現在使用されている磁気つき切符ではなく、旧来使用されていた硬券。

2016/04/07(木)第29回「It's ROTO World Adventure」(ドラゴンクエスト3)


タイトル:It's ROTO World Adventure (前編・後編)
サークル名:まつぼっくり・HM  作者:松葉ひろさん 発行:1994.6.20
ジャンル:ドラゴンクエスト  購入イベント:コミックマーケット51(1996.12.29)
傾向:コメディ&シリアス・ゲームのコミカライズ


 同人誌におけるドラゴンクエストシリーズは、あまり規模としては大きく無いながらもある程度の規模をずっと維持している、人気もあり息も長いジャンルです。今回取り上げるこちらの本は、ドラクエ3の同人誌を出すサークルさんの中でも多く存在していた「コミカライズ」――いわゆるリプレイ本となります。

 勇者・ルオルテが16歳になった朝から始まるこちらの作品は、丁寧にシナリオをたどったお話として構成されております。ただ、お話自体は程よくアレンジされていて「16歳の誕生日が勇者として定められた旅立ちの日」ではなく、あくまで「16歳の誕生日をきっかけとして冒険に出たい」というルオルテ自身の意志から始まる形になっているなど、かなり能動的になっていて何回もプレイした身でも楽しめる展開が用意されています。

 コミカルなシーンもかなり多く、覚えたてのライデインを寝言で呟いてしまい自爆したり、バラモスのメダパニで武闘家が女戦士にセクハラしてぶん投げられたり、ふざけて妖精の笛を増えていたら敵が出てこなかったり(ゲーム内の効能通り)とゲーム内の設定が巧く使われていたり。オルテガを追うことを始めとしたシリアスな場面も丁寧に、かつルオルテの心情を中心に印象強く描いていることでそれぞれがゲーム時の想い出を喚起させてくれます。特に父・オルテガとの別れは原作以上に容赦なく、悲しさをより一層かき立てるものでした。

 シンプルなグラフィック、かつ自由度の高いシナリオだったからこそ、残された大きな想像の余地。それらが充分に活かされた、前後編・合計226ページの素晴らしい物語でした。

 なお、作者の松葉ひろさんは現在「心に星の輝きを」シリーズ(マッグガーデン・刊)や「Wチェンジ」(〃)といった作品で「松葉 博」さんとして活躍されています。
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