2016/03/09(水)第1回「魔戦伝者」(魔神英雄伝ワタル)

タイトル:魔戦伝者
サークル名:神部ん屋  作者:守部亜樹さん
ジャンル:魔神英雄伝ワタル(虎王伝説)  購入イベント:コミックシティin晴海(1993.6.13)
傾向:シリアス・虎王伝説のその後


 1988年、日本テレビ系で放送され人気を博した「魔神英雄伝ワタル」。その後も続編やテレビを越えラジオにまで展開し、コミケを始めとした同人誌即売会でも多くの人が様々な同人誌を発行していました。初放送から20年を越え、さすがに往事の賑わいは過ぎたものの根強い人気を誇り、先日も21周年の記念オンリー即売会も開かれたほど。自分が同人誌にのめり込んだきっかけもこの「ワタル」で、今もなおワタルの同人誌を手にするのが即売会での楽しみとなっております。

 今回取り上げる「魔戦伝者」はワタル3のラジオ放送が終わりながらも、未だ大きな賑わいを見せていた頃の作品。制作者の一人・井内秀治氏が執筆したワタル2のアフターストーリー小説「虎王伝説」及び「虎ブルドリーム」の後日談です。

 時の旅人となった親友・虎王を見送ったワタルは、寂しさを覚えつつも平穏な中学生生活を過ごしていた。夏休みが終わり、二学期が始まった朝にワタルはユミや俊といった友人から「激しい落雷とともに、龍神池の水が無くなってしまった」ということを知らされる。町のシンボルであり、現生界と神部界を結ぶ場所だった龍神池の変化に不安を覚えつつ帰宅している最中、野次馬が「池の中に倒れていた少年」がいたという話をしているのを耳にしたワタルは「赤い髪」という特徴を聞いた途端にある人物のことが思い浮かび、慌てて龍神池を囲む森の中へと駆けだした。探しているうちに樹上を見上げると、そこには赤い髪を持ったかつての仲間「海火子」が腰掛けていた。本来なら再会を喜びたいワタルだったが、神部界から誰かがやってくることが凶兆の予感と知っていた彼には不安のほうが大きかった。そして、それは海火子の口から現実だと知らされることになる。

 2でのライバルであり仲間だった少年・海火子を準主役に据えた物語で、本編のコミカルな雰囲気ではなく「虎王伝説」の雰囲気を継続したようなシリアスなストーリーが展開されていきます。作品のテーマは「生い立ち」。それを負っているのは海火子だけでなく、救世主としての宿命を負うワタル、悲しき"前世"を負うヒロイン・文月未知夜*1、魔界の者としての生いと神部界の生いを持つ旧敵・マーダレス*2、そして本作のオリジナルキャラ・同級生の服部真衣子と養護教諭の五十嵐友樹の二人もそれぞれに「生い立ち」の重さを負っていて、それが海火子の持つ宿命をさらに際だたせている形に。また直接的には出てこないものの、ワタルと海火子にとっての"トモダチ"であった虎王の宿命も下地になっているだけあって、彼の存在も随所で感じることが出来ます。

「生い立ち」に向かい合ったその先にあるのは、希望と絶望。自分の生い立ちに押しつぶされそうになったり、対峙したくない大事な人と向かい合い、剣を振るったその果てには様々の形の「別れ」と「出会い」が待っています。ワタルたちだけでなく、泣き虫で気弱な真衣子に、優しく彼女を見守っていた友樹もそれは同じ。クライマックスで泣き叫ぶ真衣子と、ワタルと未知夜に彼女への言付けを伝える友樹の姿はこの作品での真骨頂とも言えるでしょう。自らの宿命に打ち勝った海火子と、その宿命の元となった少年の「出会い」もまた、海火子の成長が見ることが出来る佳き場面でした。

 そして、この作品の何とも巧みなところは、ワタルの主役級キャラの名字につけられた「○部」(戦"部"ワタル、剣"部"シバラク、忍"部"ヒミコといった感じ)という名を物語の伏線に持ってきたこと。それが彼らの「生い立ち」の結びつきをより強固にし、向かい合う強さを与えるような形になっていて全200ページにわたる長き物語にさらなる厚みを出しているのです。ワタル本編での海火子はというと2と4の一部のみでお役御免となってしまっていただけに、こういった形で彼の物語を読むことが出来てとても嬉しい一作でした。購入から20年経った今でも、自分にとっての宝物の一冊です。

*1 : 「虎王伝説」に登場。彼女の前世である"姫予"の存在により、ワタルや虎王を遙か昔の悲恋と掟の世界へと導いていく。

*2 : 2に登場。ワタルの師匠・剣部シバラクを魔界の者に貶めた張本人。

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