2016/04/27(水)第46回「松吉伝」(オリジナル)


タイトル:「松吉伝」「松吉伝2」
サークル名:みにゃもと (Homepage) 作者:みなもと太郎
ジャンル:創作(歴史) 購入イベント:コミックマーケット77(2009.12.31)
傾向:豪快だと思っていた作者の祖父が、没後に調べてみると実は……?


 みなもと太郎氏といえば、江戸時代を通じて描いている歴史大河コミック「風雲児たち」を描いている方。近年みなもと氏は同人誌でも作品を多く発表されていて、江戸時代前後を舞台にした作品「風雲児外伝」シリーズにとどまらず、破天荒なバクチ物や戦争物などが頒布されています。その中で、以前も触れましたが「よつばの。読書会」に参加させて頂いた際に「松吉伝」が持ち込まれていて、コミカルな絵柄に興味を持ったのが本作との出会いでした。

 みなもと氏の祖父・漆原松吉氏はみなもと氏が子供の頃から半日足らずでブランコを作ってくれたり、刀から作り直した包丁でウナギを捌いてみせたりと豪快だった。手ひどい悪戯をすれば文字通り灸を据え、またマムシが襲いかかってきたときにはマムシの頭を踏みつぶして焼酎につけてみたりと、少年・みなもと太郎の記憶にその姿が強く刻まれていた。だが、年を重ねるにつれみなもと氏は松吉氏と疎遠になってしまい、88歳で大往生を遂げる。やがて、遺品の整理を始めるみなもと氏と母。その中の写真帳を開くと、歴史の教科書で見たような写真が貼ってあった。傍らの文を読んでみると「甘粕正彦君、君のこのたび起こせし事件は――」とある。母に何故この写真があるのかと聞くと、甘粕氏は松吉氏の親友だったのだと言う。驚いて問い返すと、母からは「ひざに乗って遊んでいた」「近衛連隊」「(愛新覚羅)溥傑」という言葉が次々と飛び出してくる。歴史でしか知らない名前や出来事に、みなもと氏は疑問を抱く。「漆原松吉はいったい何なんだ!」

 正直な話、もう冒頭20ページからして破天荒。何故松吉氏が豪快なのか。何故一介の人物が清朝末期の王族や甘粕事件の首謀者と目される人物との交流があったのか。惹きつけられるには、あまりにも十分すぎる掴みです。親分も子分もない一匹狼な博打打ちの家に生まれ、娯楽が無いからと勉強に興味を持ち、十歳の頃には代用教員に。栃木・矢板小学校(旧制)を卒業する頃には英語を身につけ、作新学院中学(旧制)ではドイツ語・フランス語を学ぶ……読んでいくたびに「!?」と思ってしまうようなことが多く、しかもこれがまだ序の口だというのですから。

 中でも、強烈なエピソードが日露戦争についてのこと。日露戦争間近に松吉氏は明石元二郎大佐に呼ばれて日本から姿を消し、戦争末期に近衛連隊に復帰。その間のことは娘であるみなもと氏の母に対しても「わしの諜報活動を話せば日露戦の歴史が変わる」「死ぬまで言わんと明石閣下と約束したんだ!」と頑なに話そうはしなかった。今なお日露戦での諜報活動の規模は論争の的となっているようですが、国家予算が2億円前後(当時)のうち100万円(現在での400億円前後)与えられたというのが主な説として言われていることです。しかし、その当事者だったという松吉氏にみなもと氏の父が「死んでから話すなり好きにしろ」という条件つきで語られた*1のは「国家予算の1/150? それっぽっちで何が出来る」「実際の予算は国家の数分の一だ」……これだけでも強烈だというのに、政府レベルでの欧州中のマスコミ、果てにはロシアの諜報機関をまるごと買収出来たことが最大の効果を上げたとまで書かれているのにはもう笑うしかありませんでした。

 本作は、とにかく豪快の一言に尽きます。日露戦争を経て日本統治下の朝鮮での警察署長としての生活、プロレタリア革命主義者との関わり(主義者本人談・みなもと氏の母の証言あり)、甘粕正彦を介しての愛新覚羅溥儀との対面――といったところで、元々本作を連載していた雑誌が廃刊してしまい、御母堂も高齢ということでそれ以上の詳細は霧の中になってしまったとのこと。

 もちろん、壮大なホラだともとれます。ですが、あまりにもスケールが壮大すぎて「もしかしたら本当なんじゃないか?」とも思ってしまったりするのも事実。事の真偽についてみなもと氏は随所に幾度も「母から聞いたこと」「フィクションと思って下さい」と書かれてはいますが、本当なんじゃないかと思えてしまうほどのパワーがあるのは、ひとえにみなもと氏の語り口や筆力によるものだと思います。『ほんの一介の男性が、実は日本史の裏を駆け抜けていて……』と考えるだけでも面白い。みなもと氏の語り口がさらにその想像に没入させてくれて、読んでいて痛快かつ豪快に感じるのです。

 歴史の中における「もしかしたら」を強くかきたてられる、バイタリティにあふれた作品でした。

*1 : 祖父の死後、父から母へ、そしてみなもと氏へという又聞きの又聞きのため内容の信憑性について一切みなもと氏は責任を持たないという但し書きはされています。

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