2016/03/22(火)第13回「市松」(オリジナル)
サークル名:YUMBOX (Homepage) 作者:YUMBOXさん
ジャンル:創作 購入イベント:コミティア in 東京87(2009.2.15)※
傾向:喋る市松人形と、その過去
主が亡くなり、誰も住む者がいなくなってしまった家。日名子は祖母がかつて住んでいたその家を訪れ、家族で遺品整理をする前に埃払いを始めようとしていた。雨戸を開け、風鈴が鳴り光が差し込む家……だが、そこに突然少女以外の声が。慌てて日名子が振り返ると、膝丈ほどしかない大きさの市松人形が彼女を見上げていた。古めかしい口調で話す人形は、自らを「祖母の友人」と称し驚く日名子に祖母との日々のことを語り始める。
彼女のことを何も知らなかった少女と、長い間、死してもなお共にいた祖母の"友人"との物語。市松人形・貴子によって少女は祖母・佐和子がどのように過ごしてきたかを知ることになり、佐和子と貴子が仲良く過ごした学生時代から突然の暗転、長らく続いた"二重生活"から再び始まる二人だけの時間、その終わりまでがゆっくりと語られていきます。何も知らない日名子にとっては何もかも興味深い出来事で、貴子はそんな彼女に聞かれるまま思ったままを話していくことに。それは幸せでもあり、悲しくもあった日々……市松人形としての姿は自らに対しても、そして佐和子に対しても呪いのような形で互いを縛り、すれ違ったまま終わりを迎えて貴子だけが取り残される形になってしまいます。
「親しい二人だけで過ごす」というのは見た目には甘美な響きですが、貴子に罪悪感を持つ佐和子は楽しかった頃の昔語りしかせず、貴子も気付きながらただ流されるまま。新しい時間が始まったと思っても、物憑きの貴子は年老いていく佐和子に置いていかれてしまうわけで、淡々と語られる想い出は一見楽しそうでも、貴子の根本にある後悔と悲しみの念がひしひしと伝わってきます。それらは「幸せだった?」という日名子の問いに堰を切ったように流れ出ていき、自らが佐和子にすべきだったことをようやく悟るのですが、もう過ぎてしまった時間が戻ることはなく……でも、そんな貴子の想いを聞き届け、"貴子"であったものを抱き寄せた日名子の表情と願いに、貴子が日名子に語ることが出来たのはせめてもの救いだったのかな、と。
激しく揺れ動く想いと、穏やかに流れていく時。すべてが過ぎ去ってしまった過去だからこそ静かに語られていく一つ一つの想いが切なく、そして切実に感じられる作品でした。